第三章 Fallen Angel 2
盛り上がっているクラスメイトをよそに、大西晶子とその取り巻きと、クラス委員長の宮本裕司だけが、関心のない顔をして輪の中に入ってこなかった。
裕司はともかく、静かすぎる大西晶子に、愛美は何とも言えない恐怖を感じた。
「またまた、隠そうたってそうはいかないんだから。吐け、吐くのだ」
アズに羽交い締めにされながら、愛美は困ったなと苦笑いを浮かべる。
昨晩、愛美は久しぶりに紫苑と東大寺の三人で食事をした。紫苑は、幾度か食事を作りにきてくれていたし、長門に昼食の用意をしてやったこともある。
長門は愛美が作ったチャーハンを、焦げていると文句を言いながらも残さず平らげてくれた。長門のことだから手もつけないか、不味いと言われて残されるかのどちらかだと思っていただけに、意外だったが・・・。
愛美が、東大寺のことを従兄だと偽って何とかみんなを納得させた頃、担任が入ってきてH・Rが始まった。
――起立、お早うございます、着席。
担任の女教師が、冬服への更衣期間は明日から一週間だと言っている。愛美は欠伸を噛み殺しながら話を聞いていたが、不意に心臓が強く脈打つのを感じた。
ドクン。ドクン。
嫌な予感がする。愛美は目だけで、山犬神の姿を探した。右近と左近も、いつもののんびりした顔ではない。耳をピンとそばだてている。
――守護結界ジャ
――ドウヤラ、本気デ我等ヲ、倒ス気ラシイナ
愛美が奈良から帰って来て約一ヶ月。〈明星〉を狙っている輩は、右近と左近の存在に阻まれて手を出してこなかった。
空気がピンと張った弦のように感じられるのは、左近の言った守護結界の所為だろう。
(〈明星〉を狙ってきたのね。今度はこっちから迎え撃ってやるわ。右近と左近は手出し無用よ)
愛美はいつからか、口に出さなくとも山犬神達と会話する方法を発見した。能力が目覚めたと言う方が正しいかも知れない。
――我等ガ陰陽師殿ノ御手並ミ、拝見トイクカノ
左近の言葉に愛美は笑みを浮かべると、できるだけ気分の悪そうな顔をして、口元を手で覆うと勢いよく席を立った。
「先生。済みません。トイレ」
教師は驚いて、慌てて愛美に駆け寄りながら、許可を与えてくれた。誰かが冗談で、つわりかなと言うと、忍び笑いがあちらこちらで上がった。
愛美はそれを無視して、急いで教室を出ると、勿論トイレには向かわずに、階段を駆け降りた。




