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第二章 March of Ghost 37

「可愛そうな人ね。今のあなたは怯えた子供だわ」

 ベッドルームから現れた瑞穂みずほは、裸の身体にシーツを巻きつけていた。 

 女は好きじゃない。たった数度身体を重ねたぐらいで、自分の全てを知ったような気になられるのは面倒だ。

 学費や生活費の援助は、瑞穂と彼女の兄の大和やまとに利用価値がなくなるまでは続けるつもりだが、彼女との関係はそろそろ精算した方がいいだろう。古女房面をされるのは、もううんざりだ。

「一週間の期限が今日で切れるぞ。〈明星あけぼし〉を取り返す気はあるんだろうな」

 素っ気なく言った那鬼なきに、瑞穂ははすっぱな態度でふんと鼻を鳴らした。

「あなたの代わりに私が夜久野やくの真名まなを殺して上げる」

 那鬼の顔は怒りに歪んだが、すぐに無表情なものにとって変わった。瑞穂は棚からコップを出すと、冷蔵庫から牛乳を取り出して半分程注いだ。喉を鳴らして一息に空けると、風呂場に向かう。

 暫く水を使う音がしていたが、それも止み黒い服に身を包んだ瑞穂が現れた。

 那鬼も、それでようやく会社に出かける支度を始める気になった。那鬼は、社長の右腕として会社の運営に携わっている。軌道に乗り始めたばかりなのだ。ここで那鬼が休む訳にはいかない。

「夜久野真名に返り討ちにあって死んでくれると、後腐れがなくていいんだがな」

 先程使ったコップを流しにつけながら、瑞穂は那鬼の言葉に振り返った。その顔に怒りはない。

「私はあなたを憎まないわ。哀れむだけよ」

「小娘が知ったような口を」

 那鬼はそう言うが、声に含む疲労感は隠せなかった。

「人を愛することも知らない人に、私は何を言われたって平気よ」

 そう言う瑞穂の目は、確かに那鬼を憐れんでいる。那鬼は怒りを覚えるよりも、無力感に支配され、力なく笑うことしかできなかった。

「何だ。俺に抱かれてその気になったのか。俺を愛していると言うなら、もう少し優しくしてやってもいいぞ」

 瑞穂は無言で玄関に向かうと、捨て台詞を残して扉の向こうに消えた。

「勘違いしないで。私はあなたなんか大嫌いだし、あなたの為に闘っているのでもないわ。ただ・・・今のあなたを見ていたくないだけ」

 那鬼は時計に目をやると、リビングの電話に手を伸ばした。指はためらうことなく、一つの番号を押す。呼び出し音をじりじりとした気分で待ち、応対に出た女に静かに告げた。

桐生きりゅうだが、社長に今日一日有休を使うと伝えてくれ」

 那鬼は電話を下ろすと、シャワーを浴びる為にシャツを脱いだ。

 そのままバスルームに向かうのかと思われたが、那鬼は閉めきっていたカーテンを開いた。癖になっているのか、いつものように鴉の姿を目で探した。

 街路樹の茂みに黒い影がある。それを見る那鬼の顔はなぜか晴れ晴れとしていた。

「望み通り、十年前の決着をつけてやるよ」

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