第二章 March of Ghost 31
『馬鹿だな、ミヤスケ。彼女、驚いてるだろう』
ミヤスケの隣の男子が、ミヤスケの頭をこつんと叩き、クラス委員長の宮本裕司だと自己紹介をした。まるでそれを待っていたかのように、愛美は一年七組の生徒達に囲まれ質問攻めにあった。
愛美は嬉しくてくしゃくしゃに顔を歪めて笑いながら、自分がどれ程仲間を欲しがっていたかを知った。自分の居場所を求めていたのだ。しかし、浦羽学園での日々は好スタートを切ったかに見えたが、そうはいかなかった。
数人の女の子が、愛美の方を指さして、これ見よがしに笑っている。アズとミヤスケは、新番組の話に夢中で気付いていない。少女達が近付いてきた途端、愛美は顔を伏せて両手を握り締めた。
アズとミヤスケも顔を上げる。四人の少女を引き連れているのは、副委員長の大西晶子だ。
「近藤さんって面白いのね。時々誰もいない壁に向かって、話しかけてるんだもの。変わってるわ」
意地悪く嘲笑うように大西晶子が言うと、少女達は顔を見合わせて、クスクスと笑い合って教室から出て行った。
「マナちゃん、気にしない方がいいよ。裕司があなたのこと気に掛けてるから、嫉妬してるだけよ。独り言なんて、誰でもするもんね」
子供っぽく見えるミヤスケは、時に妙に大人びた表情を覗かせることがある。ミヤスケはアズに同意を求めると、笑顔で励ますように愛美に頷いて見せた。愛美も笑って頷き返す。
チャイムが鳴って教師が入って来ると、生徒達はわらわらと自分の席に戻っていく。天井の片隅で、黒い影のように寝そべっている二匹の山犬神が、退屈そうに欠伸を洩らした。
愛美は、お前らの所為だぞと言うように睨んで見せ、あっちへ行けと手を振った。
――下界ニ降リルナド、久シブリジャカラノ
――人間ヲ、観察スル滅多ニ無イ機会ジャ
突然現れて、話しかけられたりするのには慣れたが、迷惑なことに変わりはない。愛美は、日本史の教科書を開きながら大きな溜め息を吐いた。
「どうした、近藤。身体の調子でも悪いのか?」
若い男の日本史教師が、教卓から身を乗り出すようにして愛美を見た。愛美は慌てて頭と両手を振って、何でもありませんと否定する。教室の何処からか、忍び笑いが聞こえた。振り返ってみなくとも、大西晶子とその取り巻きだと言うことは分かる。
愛美は黒板に書かれた関ヶ原の戦いの文字をノートに写しながら、チラリと山犬神を睨んだ。
(いじめにあったら、あんたらの所為なんだからね)




