第一章 Welcome to my nightmare 6
「行け!」
その言葉を聞くや否や、獣は床を蹴って生徒達の間に身を躍らせた。たちどころに悲鳴が上がり、教室の中は一転して地獄絵図と化す。
忠実な犬どもは、手当たり次第と言った感じで牙を剥き生徒達に襲いかかる。
絹を裂く悲鳴。
唸り声一つ立てない、見えない殺し屋の群れ。
鮮血の赤、錆びた鉄のどろりとした血の――死の匂い。
(嫌だ。誰か、誰か助けてぇ!)
愛美は床に座り込んで、まるで幼児のように肩を震わせている。少女はそれが気に入らないらしく、目を吊り上げて愛美を睨んだ。
「貴様、それでも夜久野の末裔か! そうまでして己が身を守りたいのか」
愛美は、再三に渡り理不尽極まりない咎めを受け、ついに我慢しきれずに感情を爆発させた。
「私は近藤愛美よ。夜久野真名なんて知らない!」
「ならば死ね」
それに対する少女の応えは、ひどく簡単だった。愛美の顔から血の気が引いていく。
「鬼丸、始末しろ」
名を呼ばれた使役神は、喉笛に喰らいつき、引きずり倒すばかりとなっていた生徒を放り出し、主人の指の向かう方を見定めた。
「嫌-っっっ!」
次の瞬間、愛美の中の何かが弾けた。最後に見たものは、血の滴を滴らせた白い牙と、口中から覗く底なしの深い闇だった・・・
*
ザアッッッ
辺りは一面の桜吹雪・・・
何処までも続く桜並木と薄紅色の絨毯。
そんな中、一際目立つ大きな桜の木は満開の花をつけていた。
幼い頃の私が、その幹に抱きつくようにして、泣きじゃくっている。
苔生した樹の地肌に頬を押しあて、小さな肩を震わせている。何がそんなに悲しいのか、私はずっと泣いていた。
不意に背後に人の気配を感じ、私は身体を強張らせた。
――もう泣くのはおよし。お前は大事な・・・
白い着物を着た年とった女が、私の顔を覗き込むようにしている。
――お・・ばあ・ちゃん・・・
そう言って見上げる私の目に、女の顔は映らない。ぼんやりと霞がかかったようで、私は涙で濡れた目をしばたたかせた。
女の手が私の頭を優しく撫でる。大きな皴くちゃの温かい手だ。私は、少しだけ安心する。
――お前は大事な・・・
ザアッッッ
狂ったように桜が風に舞い、女の言葉は私には届かない。
何処までも続く桜の並木、薄紅色の花弁が舞い散る。
何処か遠くの方で春雷が鳴り、風はほんの少し雨の匂いを含んでいた。