第二章 March of Ghost 24
「ちょうどそれについては、巴が調べをつけたところだ。その二人は幼い頃、両親を邪鬼か何かの類に憑り殺されたらしい。二人は何者かによって命を救われ、養護施設で育てられた。ところが、命の恩人が実は両親を死に至らしめた張本人であり、それが夜久野に関わる者だったと言うことを知る。逆恨みと言えば逆恨みだが、彼らは夜久野全般を恨んでいるようだ。数年前、上月家に拾われ、そして今に至ると言う訳だ」
綾瀬の言葉には、虚構の匂いがした。全てが嘘だと言いきる自信は愛美にはないが、何かを隠しているようではあった。
愛美が夜久野真名である可能性を挙げ、それを否定した時の綾瀬の口調と似通ったものがある。しかし含みを持たせた話し方をするのは、ただ単にこの男の癖なのかも知れない。
「心が頑なになると、人間は盲目も同然だ。それ以外のものが見えなくなる。憎しみに心を奪われた者には、道理も何も通用しないからな」
綾瀬は一体、何を言いたいのだろう。逆恨みで、愛美の両親と弟の命を奪った神坂兄妹のことを言っているのか、両親とクラスメイトを奪われ、ともすれば二人に対する憎しみに、支配されそうになる愛美に釘を差しているのか。
それとも・・・?
愛美は考えるのをやめにした。多分、綾瀬に聞いてもはぐらかされるだけだろう。愛美は紅茶を飲み、ようやくケーキに口をつけた。
綾瀬からの夕食の誘いを断り、愛美は秘書の西川の運転する車によって、マンションに送り返された。車の中では、殆ど会話らしい会話はなかった。だんまりを決め込んでいる長門のそれとは違い、物静かな大人の女と言った雰囲気だ。
秘書の西川は、二十代の後半ぐらいだろうか。社長と秘書以上の繋がりを、綾瀬と西川から愛美は感じた。しかしそんな不粋なことを聞くのもなんなので、黙って夕闇に消えて行く街を見ていた。
礼を言って車から降りた愛美は、エレベーターで四階に上がり、405号室の扉を開けた。SGAのメンバー全員が、持っていると言う合鍵。愛美は肩に食い込んでいた教科書入りの学生鞄を玄関に置くと、大きく溜め息を吐いた。日用品や制服の入った紙袋も、鞄の隣に並べた。
非日常の中でさえ変わらない日常があることに、愛美は驚きと微かな疲労感を覚える。
ふと愛美の視線が、廊下の壁に向けられる。愛美は広範囲に渡って凹んだ壁を見ると、思わず笑みを洩らした。
玄関に向かった紫苑がそれを見つけた時の、東大寺のバツの悪そうな顔と言ったらなかった。




