第二章 March of Ghost 23
電話を受けた紫苑は、長門には次の仕事を、愛美にはマンションに来るようにと言う綾瀬からの伝言を伝えた。綾瀬を毛嫌いしている東大寺は、バイトがあることを理由に昼食が終わると一足先に帰った。
愛美はそれから、紫苑と共に食事の後片付けをして、綾瀬のマンションに向かった。紫苑は明日の日曜礼拝の用意があるとかで、愛美をマンションの前で下ろすと去って行った。
一人で来るのも今回で二度目になる為、あまり緊張もしなかった。それに、この前のように込み入った話がある訳でもない。しかし愛美が、気軽に押したインターホンから聞こえてきた声は、綾瀬のものではなかった。
一瞬躊躇して名前を名乗った愛美の前に現れたのが、綾瀬の秘書だと言う西川と言う女性だった。綾瀬は書斎にいると断って、女性は愛美をいつもの社長室に案内してくれたのだ。
SGAのメンバーになって何をするのかと訊いた愛美に、綾瀬はクラディスの頭を撫でていた手を止めて、驚いたように顔を上げた。愛美は何か間違ったことでも言ったのかと、落ち着かなげにソファに座り直す。
そこに秘書の西川が紅茶とケーキを運んできた為、沈黙が愛美にはいっそう深く感じられた。秘書の背中が扉の向こうに消えると、綾瀬は再びクラディスの頭を撫でた。
「どう言った心境の変化だい。と言いたいところだが、奈良に長門と出かけたことは、君に現実を直視する勇気を与えたようだな」
長門は関係ないと愛美は思ったが、口には出さずにおいた。それに現実を直視する勇気ではなく、直視せざるを得ない状況を作り出したと言える。綾瀬は、胸ポケットから煙草を取り出すと口に銜えて、ジッポで火を点けた。
「今現在、私は君にSGAの社員として働いてもらう気はない。〈明星〉と君の命を狙っている人間が、君が〈明星〉を手に入れたことでどう動くか、それが見物だろうな。それまでの時間を、君なりに有意義に過ごせばいい」
煙草を燻らせる綾瀬の前で、愛美はチョコレートムースのケーキを横目で見ながら紅茶を一口飲んだ。そしてケーキには手を付けず、愛美は姿勢を正すとこちらからは見えない綾瀬の目に、しっかりと視線を合わせた。
「聞きたいことがあるんです」
愛美はそう切り出して、前にも一度同じように台詞を綾瀬に使った覚えがあるなと思った。どうぞと言うように、綾瀬が頷く。
「神坂大和と瑞穂と言う兄妹が、私を狙う理由について教えて下さい。私には、知る権利がある筈だわ」
綾瀬は灰皿に煙草を押しつけて火を揉み消すと、知ったからと言ってどうにかなるものでもないがねと、意地悪く言った。それでも愛美が顔色を変えずに黙っていると、諦めたように話し始めた。




