第二章 March of Ghost 20
〈明星〉は手に入ったが、何か話でもあるのだろうか。愛美はチラリとそんなことを考えたが、そのまま東大寺に質問を続けた。
「東京に来た理由って、綾瀬さんの言葉じゃないけど、何か過去の因縁みたいなものがあったからですか?」
愛美が何の気もなしに言った言葉に、東大寺は一瞬息を飲み、まじまじと愛美を見つめた。
『誰にだって過去の、一つや二つあるさ』
綾瀬の言葉が脳裏に甦り、愛美もはっと顔色を変えた。随分と立ち入ったことを、聞いてしまったものだ。自分の過去と直面していた分、つい指針のような物を東大寺に求めてしまったのだろう。
だが実際に問題があるなら、軽々しく助言を乞うのも不躾だったかも知れない。
東大寺は俯いて、肩を小刻みに震わせている。愛美は、自分の浅はかさに歯噛みしたい気分だった。幾ら東大寺が明るく陰のない少年だと言っても、人の心に土足で上がるような真似をして、いい筈がない。
愛美は泣きそうになりながら、何度も謝罪の言葉を繰り返した。東大寺が突然顔を上げて、あのアホンダラと叫んだ為、愛美はビクリと身体を硬くする。
「愛美ちゃんにだけは、知られたくなかったんやけど。実は俺、昔は超能力が制御できへんで、色んなもん破壊してもうてん。ブランコとか滑り台とか、公園の遊具やら学校の施設とか、数え上げたらキリないぐらい。良心の呵責に耐えかねて、東京に出て来たんやけど、綾瀬に借金の肩代わりしてもうたから、SGAで稼いだ金は、綾瀬に返す借金に消えてんねん。あのクソ親父、俺の忌まわしい過去を、愛美ちゃんに暴露しやがって」
そこまで言うと、東大寺はガクリと肩を落とした。愛美は失礼かとも思ったが、思わず吹き出してしまい、慌ててごめんなさいと謝った。
「いいねん。早う借金返して、綾瀬のとっからおサラバしたいわ」
泣き真似をしている東大寺の腕に、愛美はおずおずと触れた。綾瀬が目が見えなかったように、東大寺にもその明るい性格からは計り知れない悲しい過去があるのかと思えば、何だか東大寺らしいと言えば東大寺らしい。
「東大寺さんって、本当にいい人なんですね。あの・・・お金、早く返せるといいですね」
東大寺は目を潤ませると、感窮まったように愛美の名前を叫んで、またしても抱きついてきた。
「やるなら、寝室でやれ。邪魔だ」
愛美の背後で、不機嫌そのものと言った声が響いた。いつの間にか風呂から上がったらしい長門が立っている。愛美はこの男と、一泊二日(不本意ながら)の旅行を共にした訳だが、最後まで長門のことは好きになれなかった。
長門に負けず劣らず不機嫌になる愛美だったが、東大寺は邪魔と言われたにも関わらず身悶えして喜んでいる。
「まだ会うたばかりで、チュウもまだやのに、それは幾らなんでも早や過ぎるわ」
愛美は紫苑ではないが、東大寺の後頭部を殴りたい気分になり、思わず手の平を握り締めていた。愛美の鉄拳は、使用されるまでには至らなかった。




