第二章 March of Ghost 19
――〈明星〉ガ、其方ヲ選ンダノハ、間違イ無イラシイ
――シカシ我等ニハ、納得イカヌ。何故、其方ナノカ・・・。其方ガ何者カ、然ト見届ケルマデ、〈明星〉ハ其方ニ、預ケテオコウ
愛美は布団を跳ねのけるようにして、身体を起こした。浴衣が汗で、濡れていた。
愛美は慌てて部屋の中を見回し、そして一つ溜め息を吐いた。山犬神の姿など、どこにも見あたらない。
(夢だったのだろうか)
ふと気が付くと枕元に、鞘に入った〈明星〉が横たえてあった。愛美は小刀を、寝室に持ち込んだ覚えはない。
(一体なぜ、これがここに。今のは夢じゃ・・・なかったの?)
*
「お帰りなさい。日帰りの予定だと聞いていたので、心配してたんですよ」
「あれ、土産はないのん。楽しみにしとったのに」
羽田空港からタクシーで直接、綾瀬の許には寄らずマンションに帰った愛美と長門を迎えたのは、意外にも紫苑と東大寺の二人だった。
手ぶらの二人に落胆したような様子を見せた東大寺に、長門が遊びに行っていた訳じゃないと無愛想に言う。長門はバスルームに直行すると、シャワーを浴び始めたようだった。
「長門の奴に、変なことされんかったやろうな。男はみんな狼や。愛美ちゃん、気を付けなあかんで」
そう言いながら東大寺は、愛美をぎゅうーっと抱き締めた為紫苑が、
「一番危険なのはあなたでしょうが」
と言って、慌てふためいた後で、やむなしと東大寺の後頭部を殴りつけた。
「最近、お前キャラクター変わっとるぞ」
後頭部を押さえて東大寺がそうボヤいた時、リビングの方で電話の音がした。紫苑が小走りに廊下をリビングに向かった為、愛美は東大寺とともに玄関に取り残される。
「はい、綾瀬さん。ええ、いますよ。はい、はい」
紫苑が電話で話している声が、長門が使っている水の音に紛れて途切れ途切れに聞こえてくる。
たまたま目が合うと東大寺は気さくな笑みを見せた為、愛美は奈良に行く前綾瀬が洩らした言葉の意味を、東大寺に問い質す気になった。東大寺の過去が、云々と言う話だ。
「東大寺さんって、関西のお生まれなんですよね?」
東大寺は、愛美の言葉に屈託なく頷いた。
「東京に来たんは、中学出てからや。東京者は、関西弁馬鹿にするけど、なかなかオツなもんやろ」
愛美も慌てて頷く。
「ええ、分かりました。この番号に電話するように言えばいいんですね」
紫苑の電話の相手は、どうやら綾瀬らしい。
綾瀬の使い魔と長門に教えられた鴉は、大阪行きの電車に乗り込んだあたりで、見失ってしまった。




