第二章 March of Ghost 18
上月家がバックにあると言う神崎大和と瑞穂の兄妹が、愛美の今の生活を破壊したのだ。しかし愛美の中に潜むもう一人の愛美が、それは違うと告げている。
愛美が夜久野真名でなければ、今回の事件は最初から起こらなかっただろう。付喪神の言葉で、愛美の中ではその二つの考えが堂々巡りをし始めた。
二匹の付喪神は伏せていた身体を起こすと、姿勢を正して座った。両眼には、青い光が宿っている。
――ドウヤラ其方ニハ、〈明星〉ヲ使イ熟ス、度量ハ無イト見タ
――夜久野ノ血ヲ、引クトハ言ッテモ、〈明星〉ガ扱エネバ、話ニナラヌ。ナゼ封印ガ解ケタノカ、合点ガイカヌガ
――其方、死ニ急ギタクナケレバ、〈明星〉ヲ置イテ、此処カラ立チ去ルガ良イ
愛美は激しい重圧を感じて、思わず後退った。年寄り犬ぐらいにしか思っていなかった付喪神の、突然の豹変ぶりにただ驚くばかりだった。
「あなた達、一体何者なの。なぜ〈明星〉のことを知ってるのよ」
――我等ハ、井上厳照殿カラ〈明星〉ノ守リ役ヲ、仰セツカッタ山犬神
――真ノ継承者ニ〈明星〉ヲ、渡スコトコソ、我等ガ役目。即刻此処ヲ立チ去レ。其方ハ、相応シクナイ
四肢を開いて立ち上がった山犬神の発する威圧感に、愛美はただ小さくなっているしかなかった。山犬神の開いた大きな口から覗く牙に、愛美の中に瑞穂の使役神に襲われた時の恐怖が甦る。
「朝になれば出て行くわ。でも〈明星〉は、渡さない。渡すものですか。あれは、私が誰なのかを知る大事な手がかりよ。この短期間の間に、私の目の前で沢山人が死んだわ。どうしてこんなことになったのか、私は知りたいの」
――ソレハ全テ、序ノ口。スグニ自分ノ宿命ヲ知ロウ
「突然、自分が全く別の人間だと言われて命を狙われて、今度は何よ。私がその夜久野の人間には相応しくないですって、そんなこと私は知らないわよ」
愛美は両目から溢れる涙を拭おうともせず、二匹の山犬神を睨みつける。
――タカガ人ノ身ニ、アリナガラ、我等ニ楯突クトハ、小賢シイ
――ソノ度胸ダケハ、買ッテヤルガ、山ノ神ノ機嫌ヲ損ネルト、ドウナルカ、身ヲ持モッテ、教エテヤル
片方の山犬神が、前足で空を掻く動作をすると、愛美目がけて踊りかかってきた。愛美は目を閉じて、腕で顔を庇うようにして身を竦ませた。
――〈明星〉ガ、共鳴シテイル・・・
山犬神の牙は、愛美には届かなかった。愛美の身体を包むように、白い光の球体が彼女を守っている。
シャボン玉が割れるように光の玉が弾けると、二匹の山犬神の姿は、光の渦に飲み込まれるようにして四散した。




