第二章 March of Ghost 17
なぜ夜久野真名として生まれた自分が、近藤愛美として生きてきたのか。十年前何が起こったのか、愛美は知りたいと思ったし、知る権利がある筈だった。
突然愛美は、誰かに見られているような気がした。
部屋の空気が、澱んでいる。
愛美は恐る恐る目を開け、その瞬間、金縛りにあったように動けなくなった。天井近くに浮かび上がった黒い影のようなものが、四つの目で愛美を見下ろしている。
――ホウ、目ヲ開ケタ
――ヤハリ、陰陽師ニハ見エヌ
――ウム、陰陽力モ感ジラレヌ。タダノ子供ジャ
――先ハ見エタノ
黒い影は、愛美の目に二匹の年老いた犬の姿となって映る。犬は赤い舌を出して、べろべろと口の周りを舐めた。
「一体何なの、あなた達。私を食べる気?」
愛美がようやく呪縛から解かれてそう言うと、二匹の犬達は老人のような低い笑い声を洩らした。
――食ベル? コノ娘。陰陽師ニハ、程遠イ。我等ヲ、知ラヌゾ
――シカシ、小刀ノ、持チ主デハ、アル。我等ガ、見エルヨウダ
――我等ハ、コノ家系ニ、着ク、付喪神。コノ家ヲ、守ル者
――代々、コノ家ノ、主ニ仕エ、二百余年
彼らは、家に憑く家神の一種だと言うのか。年を経て古くなった物には霊力が宿るという考え方が、昔の日本にはあった。江戸時代に描かれた鳥山石燕の、百鬼夜行絵図にある、しゃもじや琴のお化けは、古くなって霊力を得た付喪神の姿である。
二匹の付喪神は、普通の犬のような仕草で、ちょこんと前足を組んで愛美を観察している。
「私に何か用があるの?」
愛美は恐怖心も忘れ、布団の上に起き上がった。
――其方ハ、何者ジャ。其方ハ、陰陽師ナノカ?
「私は近藤愛美。陰陽師じゃない。普通の女の子。でも本当は私は夜久野真名で、陰陽師の一族の末裔なの」
――世ノ中カラ、闇ガ失クナリ、我等ノ仲間モ、減ッタ
――陰陽師モ、消エタカト、思ッテイタガ
二匹の付喪神は、顔を見合わせ慰め合うかのように、鼻を押しつけあった。
――其方ニハ、鬼ヲ見、ソノ声ヲ聞ク、能力ガアル
――ソレハツマリ、其方モ我等ト同ジ、闇ニ生キル者ダカラ
――陰陽師、ソレ即チ鬼ノコト、人ニ疎マレ、闇ニ生キル、忌ムベキ存在ナリ
鬼を祓う立場にある陰陽師が、なぜ鬼と同じなのだろう。
「それは、どう言うこと・・・?」
――闇ヲ払拭スル、力ヲ持ツ、陰陽師モマタ、闇ノ者。陰陽師ノ末裔トハ、其方モ、可愛ソウニ。闇ハ闇ヲ呼ビ、人ヲ不幸ニスル。ソレガ陰陽師トシテ、生マレタ者ノ運命・・・
だから、だから愛美の両親やクラスメイトは、あんな目にあったと言うのか。愛美が、陰陽師の末裔であったが為に・・・。
(いや、そうじゃない)




