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第二章 March of Ghost 15

 男は肩と顎で器用に受話器を挟みながら、電話のコードを手繰たぐり寄せ、ベッドへ腰掛けた。

「それで、そいつの正体は判ったのか?」

 送話口に向かって話しながら、男はネクタイを緩めた。電話の声は遠く、海の潮騒の満ち引きのような音が微かにしている。

「いや。井上厳照いのうえげんしょうなんて人間は、聞いたこともないが」

 男はそう言いながら、ベッドサイドから缶ビールを取り上げた。プルトップに指をかけ、相手の言葉に耳を傾ける。男は不意に破顔すると、それはまた古い話だとおかしそうな声を上げた。

「あの婆さんも、やるじゃないか。駆け落ちの相手とは。それにしても、半世紀以上前の話だろう? 苔の生えたようなのが、よくもまあ・・・」

 男の部屋の、シャワーの音がやんだ。男の頬に一人でに笑みが浮かぶ。電話の向こうの声が、謝罪の言葉を繰り返すのを男は遮った。

「〈明星あけぼし〉のことは構わん。所詮子供だ。何も出来まい」

 男はそう言うと受話器を下ろした。満足そうにビールを飲むと、まるで今気付いたと言うような顔で、扉の前に立つ少女を眺めた。少女は髪から滴が落ちても、それをタオルで拭こうともせずに男を見ている。

 いや、睨んでいると言った方がいい。

「お前の兄さんからだ。何か伝えて欲しいことでもあったのか? 俺に玩具にされたとでも、訴えたかったのか?」

 少女は男の傍まで来ると、さっと手を振り上げた。男の頬を打たずに、少女の手は空しく空を切った。男の手が少女の手首を押さえている。少女はもう片方の手で男を打とうとしたが、それも適わなかった。

「犯したくらいで、私の心まで踏みにじれるとは思わないで!」

 少女は男に引き寄せられ組み伏せられながら、反抗するように目を剥いた。男物の身体にあっていないシャツの下に、少女の細身ながら丸みを帯びた身体の線が透けて見える。

「心など必要ない。お前は玩具に過ぎないんだ」

 男はそう言うと、乱暴に少女の服を剥いだ。少女の抵抗をものともせず、男は少女を抱いた。

 愛情の破片も無い、肉欲だけの行為。男は何かを忘れる為に、何かをぶつけるかのように、少女を犯した。

  *

 長門ながと愛美まなみが山を下りたのは、秋の日がとっぷりと暮れた後だった。観光時期でもないので、長門が見つけた宿もガラ空きだった。

 シーズンオフは完全に閉めている訳でもないようだが、宿の女将である五十過ぎの女は、一夜の宿を求めた愛美と長門を部屋に上げるのを渋った。他所者の、若い二人連れに懸念を覚えたのだろう。

 二人の様子は、手に手を取っての恋の道行きにも見えなかったが、かと言って兄妹にも見えない。

 愛美の、今からでは東京に帰るのに苦労すると言う一言で、女将は渋々二人を泊める気になったのだ。少し時間が掛かるが後で夕食を運びますと言って、女将が部屋を下がった為、愛美は長門とともに気詰まりな沈黙の中に残された。

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