第二章 March of Ghost 12
重たげな音をさせて、扉が閉まる。真っ暗闇かと思ったが、そうではなかった。奥の方に蝋燭に照らされた、祭壇が見えている。何処かに空気穴があるのか、中は煙っている訳でもない。鍵は掛けられていたが、毎朝燈明でも上げて燃え尽きるままにしてあるのだろう。
建物の床は全て板張りになっていて、土足であることに愛美は躊躇いを覚えたが、そのまま進むことにした。
祭壇には白木の扉が設えてあり、それには真鍮の留め金がついていた。愛美は留め金を外し、これも真鍮で出来た取っ手を引いた。白木の木箱を取り出すと、愛美は一息ついてから蓋を開けた。布でぐるぐる巻きにされた、細長い棒のような物が出てくる。
(これが〈明星〉なのね)
布をとると、白木の鞘に入った短刀が現れた。この前見た物と確かに同じように見えるが、その短刀には不思議な紋様の描かれた、紙縒りが結んであった。鞘から抜けないように、柄の部分と鞘の継ぎ目で十文字にしてある。愛美は無意識に短刀の柄を握ると、鞘から引き抜いた。
そこは一面の桜吹雪だった。私は嬉しくて小犬のように、はしゃぎ声を上げて駆け回る。白装束に身を包んだ女が私の方に向かって歩いてくる。私は犬ならば、しっぽをちぎれんばかりに振って、女の許に駆け寄った。そして、女の腰へと抱きつく。
――ほらほら、そんなにはしゃいで何ですか。
女の口調は、決して咎めているふうではない。その証拠に女は優しい目をしていた。
――おばあちゃん。お揃いだね。
私は自分の着物をつまんで、その女に笑いかける。私も、女と同じ白装束を身につけていた。女は皴くちゃな顔で泣き笑いのような表情をすると、私の頭を撫でた。
――真央様、どちらへおいでですか。
どこかで数度そう呼びかける声が聞こえ、女は今そちらへ行くと言葉を返した。
――さあ、おいで、マナ。
女は私の手を握ると、歩き始める。私は満ち足りた気分で女の隣を歩いていく。桜の花弁が辺りを被い尽くすかのように、静かに二人の足元に降り積もっていた。
「おば・・あちゃん・・・」
愛美の唇が、そんな言葉を紡ぎ出した。彼女の頬を涙の滴が濡らしている。その滴が、幾つも幾つも愛美の手の中の白い刃の上に落ちていた。
(今のは私の記憶? 私が夜久野真名なの・・・)
――おばあちゃん。
ずっと愛美の心に蟠っていたものが、ようやく正体を表した。懐かしく、そして切ないその言葉の響き。愛美は確かめるように、幾度もその名を呟いてみた。
桜吹雪のあの光景と、その言葉は愛美の中に甘酸っぱい感覚を呼び覚ます。




