表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/160

第一章 Welcome to my nightmare 4

 退屈な午後の授業。

 数学教師の黒板に書きつける数字の羅列から目を背らし、近藤愛美こんどうまなみはぼんやりと空を見た。

  台風でも近付いているのだろうか。黒く垂れ込めた曇り空から、今にも雨が降り出しそうな気配だった。後ろから二番目の窓際の席で、外を眺め続ける愛美には、教師の説く公式も、頭の中を素通りしていくだけだ。

 三崎高校の二階にある一年B組の教室は、いつもと変わらないつまらない授業時間の一つに過ぎなかった。そう。誰もがそれを信じて疑わなかった。あの瞬間までは・・・

 授業開始から二十分。それは本当に突然だった。

 ドンと言う鈍い衝撃音がして、その次の瞬間、教室中の窓が一度に全部砕け散った。粉々になった硝子の破片が、光を乱反射させながら降り注ぐ。まるで映画の一コマを、スローモーションで見ているかのようだった。

 全てが緩慢で、妙に現実感がない。

 みんな怯えた表情で、何か口々に叫んでいるようだが、何も聞こえない。

 音と言うものが、ないのだ。

 ああ、やはりこれは映画だと愛美は思った。

 昔の古い無声映画なのだ。弛緩した脳でぼんやりと、愛美はその光景を眺めていた。

 不意に頭上で何かが弾ける音がして、その瞬間全ての音が戻った。

 悲鳴・怒号・恐怖。

 これは、映画なんかじゃない、現実なんだ。パラパラと螢光灯の破片が愛美の上に落ちてくる。頭を両腕で庇いながら、愛美の頭は、ようやく思考を始めた。一体何が起きたのだ? 何が・・・

 しかしそれは、あの悪夢のほんの序章に過ぎなかった。

(今のは何? ガス爆発なんかじゃないよね?)

 愛美の目の端に、何か黒いものが映る。それを確かめるより先に、割れた窓から黒い影が、幾つも教室の中に飛び込んできた。

 犬? 犬じゃない。何だかそれは、生きているものという感じがしない。二つの目玉が、赤く不気味に燃えている。全部で五頭。肋骨が数えられる程に、痩せ細った獣達はしかし、決して弱っているふうではない。

(飢えた狼・・・)

 愛美の脳裏に、ふとそんな言葉が浮かんだ。突然の闖入者に、いつの間にか教室内の喧騒は収まっている。いや違う、みんなが見ているのは、その犬達ではない?

「この教室から出ることは許さぬ。もし一歩でも出れば、私の可愛い使役神どもが、容赦なくお前達を始末する、覚えておけ」

 窓枠の上に、ぴったりとした黒い服に身を包んだ少女が立っている。ここは二階、一体いつの間に・・・・と言うより、どうやってそんな所に上がったのか。少女は、愛美達と同年代ぐらいに見えるが、眉の上で切り揃えられた、前髪の下から覗く目は、驚く程冷ややかだ。

「お前ら全員、人質だ。あんまり騒ぐと・・・」

 少女は、そこから先は言わなくても分かるだろう、と言うようにそこで言葉を切ると、教室中を眺め渡した。

 少女の視線が、ある一人の生徒の上で止まる。

「貴様が、夜久野真名やくのまなだな」

 少女は、愛美の目をしっかりと見つめたまま、身軽に床に降り立った。

「単刀直入に聞く。〈明星あけぼし〉は何処にある。隠し立てすると、為にならぬぞ。貴様のクラスメイトを一人ずつ、イヌの餌にしてやる」

「〈明星〉は何処にある?」

 愛美に向けて、ショートカットの美少女が重ねて訊いた。

(やくの? あけぼし? 何を言ってるの、この人は)

 答えようとしない愛美に、少女は苛立たし気に眉を顰める。

「教える気はない・・・か。夜久野の人間にとっては、他人の命などとるに足らぬものと見える。それならばいっそ、ここで一戦交えるか?」

 少女は相変わらず愛美を見つめていたが、それをヒステリックな叫び声が中断させた。

「あなた、さっきから一体何なの。人質だの犬の餌にするだの。頭が、おかしいんじゃない。このクラスに、夜久野真名なんて生徒はいません。それ以上馬鹿な事を言ってみなさい。警察を呼びますからね」

 黒板を背にした、教師の三宅が少女を睨んでいる。少女に向けて突き出した指がわなわなと震えている。少女はそれを見ると、堪えきれずに笑い出した。青かった教師の顔に、怒りの為か屈辱からか、ぱっと朱が差す。

「な・・・何がおかしいの!」

 少女は一頻ひとしきり笑うと、真面目な顔に戻り、

「警察は何もできない」

 と、見下したようにそれだけ言って、再び愛美の方に向き直った。

「夜久野真名・・・。確か今は、近藤愛美と名乗っているのだったな。貴様の持つ〈明星〉は、元々我らの〈残月のこりづき〉の対となる物。さあ、返してもらおうか。貴様などに扱える代物ではあるまいて」

(どうして、私の名前を?)

 愛美は、自分の名が呼ばれた時、心臓が強く脈打つのを感じた。

「わ・・・私には何のことだか・・・」

「まだ、白を切るつもりか!」

 愛美の台詞に少女は激昂した。目を見開いて両手を組むと、口中で何かを呟いた。

「殺れ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ