第二章 March of Ghost 9
山が迫るような、小さな駅舎。古くはないし、歴史的観光地に相応しい侘びのある外観だが、桜の時期に全国的に一度は名前を聞くような名所の割に、駅周りも発展しているふうはない。都心の駅より小さいが、人気もない所為でガランとして広々と感じられる。
駅前には、商店がひっそりとした佇まいを見せていた。とにかく二人は、駅に降り立った。愛美はこれから一体どうするのかと、長門を見る。嫌な奴だが、他に頼る者もいないので仕方ない。
綾瀬がその場その場で指示を出すと言っていたが、この状況でどうやって連絡を取りあうのか? 盗聴の危険もあると言うのだから、ケータイだって論外だろう。
長門は愛美の当惑などお構いなしで、辺りの様子を伺っている。不意に、
「行くぞ、遅れるな」
愛美にそう声をかけると、彼女を置いてスタスタと歩いて行ってしまった。愛美は置いて行かれては大変と、慌てて長門の後を追う。
二人の前を、まるで先導するかのように一羽の鴉が飛んで行く。
(こいつになんか、口が裂けても休憩しようなんて言わないんだから!)
そう思う愛美の足は、とかくするとその場に座り込もうとして足掻く。愛美の身体はそろそろ限界を迎えようとしていた。山中と言っても、木の間越しに注ぐ午後の陽光は、暑く感じられるぐらいだ。
愛美はスニ-カ-とデニムで良かったと、つくづくそう思った。杉の木立は、山道を圧迫するような形で迫ってきている。駅を降りてから東に向かい、すぐ山中に分け入った。地元の人でも分かるかどうか。
延々と一時間以上、愛美と長門は山の中を歩いている。その二人を導いて行く鴉にも、長門にも愛美は大きく引き離されていた。
体力は結構あると思っていた愛美にも、その行程はかなり厳しいものだった。蛇や虫の脅威は、体力減少とともに頭にも上らなくなった。
その間に長門と交わした言葉は、
『まさか、あのカラスに付いて行ってる訳?』
『そうだ、あれは綾瀬の使い魔だ』
それだけ? ・・・そう、それだけだ。
その後だらだらと、山道とは名ばかりの熊笹や羊歯に挟まれた獣道と、沈黙が続いている。
使い魔とは、その人間の命令だけを聞く操り人形のようなものだと、紫苑が言うのを愛美は聞いた。
使い魔として最も知られているのは、陰陽師の使う式神だ。紙片または木片を媒体として、呪文を記すことにより術師の念を具体化させるのである。紙人形に術師の能力で、命を吹き込む訳だ。その姿は如何ようにも変えられ、陰陽師の手足となる。
平安の大陰陽師、阿部晴明も式神を用いて、藤原道長を呪詛した術師の居場所を、紙片を白鷺に変えて暴き出した、と言う逸話が残っているのは今昔物語か何かで読んだ。
その使い魔が、不意に短く注意を促すかのように鳴いた。長門が立ち止まり愛美を振り返る。
「走って、ここまで来い!」




