第二章 March of Ghost 8
(悪い奴じゃない? 物静か? どこがよ。滅茶苦茶嫌な奴じゃないのよ。無愛想過ぎっ!)
ダイニングのテーブルに腰掛けて、愛美はじっとその男を睨んでいた。
男、つまり長門はシャワーから出て、今はソファで缶ビールを飲んでいる。新しく出した白いシャツを身につけ、下は相変わらず黒のパンツだった。
「綾瀬から話は聞いた。明後日が出発、半日で終わらすから、行動は迅速に。以上で俺の話は終わりだが、何か言いたいことはあるか」
「あるわよ、変態。一言ぐらい謝りなさいよね。あんなとこ見た癖に」
愛美は不機嫌なぶん、強気になっている。男はそんな愛美を無表情に眺めていたが、愛美の言っている意味を理解したらしい。
「不可抗力だ。たまたま開けたら、お前がいただけのこと。別に見たって減るものでなし、それに俺は子供には興味はない。ガキはさっさと寝ろ」
長門は面倒臭そうにそう言って、ビールを一口飲んだ。愛美はふるふると拳を震わせる。
(嫌な奴。嫌な奴。嫌な奴)
「最低っっっ!」
愛美はそれだけ言って、リビングを足音荒く出ると自分の部屋へ引き込んだ。
長門は全く動じず、静かに酒を飲んでいた。
*
そして現在に至る。愛美は長門とともに数時間前、羽田空港から大阪空港へと出発した。大阪から奈良へと入り、向かっているのは吉野と言うところだった。地図を見れば、奈良県の南東部に位置する。吉野と言えば、古くから吉野山の桜で有名だ。花の時期には、必ずニュースにも取り上げられる。
愛美は長門の隣で、ずっと仏頂面をしている。彼は彼で全くの無表情だ。刈り取りを待つ田んぼや彼岸花、全体的に丈の低い建物と言ったローカル線の沿線の風景が、長閑な秋の空の下に広がっていた。
奈良や京都も修学旅行の行き先として多いが、中学の時は長崎だった。三崎高校は関西方面だったのでちょうどいいが、転校した愛美には関係なくなった。
平日の昼前。彼らと同じ方面へ向かう人は少なく、二両編成の電車は二人だけの貸切状態だった。長門は、愛美が見ている範囲で言えば、ずっと酒ばかり飲んでいる。昨日彼は一日中部屋にこもっていて、愛美とは夕方に一度顔を合わせただけだが、その時もビールを持っていた。
空港では洋酒のミニボトル、そして今はまたビ-ル。手荷物検査をどう擦り抜けたのか知らないが、長門は酒も銃器も機内に持ち込んでいた。密輸の話を聞くのと同じぐらい押収の話も聞くので、愛美は肝が冷えた。
恐ろしすぎて持ち込めた訳も聞かずに済ましたが、取り押さえられるなどとと言う事態は起きなかった。
強いアルコ-ルの匂いをさせているが、長門自身は顔色一つ変わっていない。かなりの酒豪と言うか、ただのアル中ではないかと愛美は思っている。
こんなアル中で根性悪い男と一緒で、果たして大丈夫なのだろうか?




