第二章 March of Ghost 7
結局飲み会ではなく夕食会になった、あの日。紫苑は、東大寺と愛美の為に腕を振るってくれた。東大寺のリクエストでステーキだったが、東大寺少年。こちらが見ていて気持ちいいぐらい良く食べた。
その反対に紫苑は自分の作った料理に、殆ど手をつけなかった。東大寺が、夕方にあれだけ食べておいて、まだ食べるのかと思うと、食欲がなくなったらしい。本当に面白い二人だ。
紫苑は、今夜はここに泊まると言って聞かない東大寺を、半ば引きずるようにして帰って行った。
『さては貴様も、愛美ちゃんに惚れたか。離せ、俺はここで暮らすんや』
『今の家の方が学校から近くて、部活に専念できるとか言ってたでしょうが』
美形の紫苑も、東大寺にかかっては形無しだ。
(まるで、保護者みたい)
愛美は思い出し笑いを洩らして、ようやく風呂から上がったのだった。
「早くそこを退いてくれ、シャワーが使えない」
男は暫くじっと愛美を見ていたが、無愛想にそれだけ言うと扉を閉めた。愛美は驚いて何も言えずに、身体に巻いたバスタオルを強く握り締めた。
(今の誰? 何、今の?)
黒革のパンツ、胸元を大きく開けた白いシャツ、そのシャツを転々と染めるのは血だったのか。見たところでは二十才そこそこか。その男は、長い前髪の下から愛美を睨んだ。
(早くそこを退けだと?)
(いきなり現れて、人のこんな格好を見ておいて、そこを退けとは何事だ)
ぶちっと、愛美の血管の切れる音がした。愛美は手早く身体を拭きパジャマに袖を通すと、威勢よく外に出た。
――あの男、どこに行った。
人に聞かせられないような声を出しながら、愛美はリビングのドアを開いた。
「ちょっと、あなたねぇ・・・」
ソファに腰掛けていた男に、愛美はそう言ったものの、後が続かなかった。茫然と立ち竦む愛美に、男は顔を上げると、手の中の物をテーブルへと置いた。黒光りする重厚なそれは、ガチャリと重たげな音をさせる。
拳銃!?
「これは子供の玩具じゃない。触るなよ」
男はそう言いながら立ち上がると、元々一つしか止めていないシャツの釦を外しながら愛美に近づいた。男は服を脱ぐと、血の付いたそれを適当に丸める。扉の前を塞いでいた愛美は、その男に邪魔だと言われる前に道を譲った。
(め・・・滅茶苦茶大きい)
長身に見える紫苑より、頭半分は高い。190㎝以上の長身で、その裸の上半身は無駄のない筋肉に包まれている。野生の獣のような身ごなしだ。愛美は、思わず身体が竦んでしまった。嫌な予感を覚えつつ、愛美は言った。少し声が震えていたのは仕方ない。
「な・・・名前くらい、名乗ったらどうなのよ」
男は振り返りもせずに一言。
「長門」
それが愛美と、長門恭一郎の出会いとなった。




