第二章 March of Ghost 6
(あの時、一体何があったのだろう・・・?)
神坂瑞穂。それが愛美を襲い、クラスメイトの命を奪ったあの黒服の少女の名前だ。実はあの時のこと、つまり瑞穂の使役神が牙を剥いて襲ってきた時のことは、全く覚えていない。
ふと気が付けば、足元に五頭の狼が倒れていた。少女が捨て台詞を残して消えると、愛美は体から力が抜け、その場にしゃがみこんだ。何も覚えていなかったが、狼達を殺したのは自分だと、直感的に悟った。
自分の手の中の血の付いたナイフが、その何よりの証拠だ。愛美はそのナイフを放したいのだが、指は握りの部分に食い込んで動かない。愛美の意識はそこからまた飛んで、東大寺少年の全部終わったんだと言う言葉へと繋がる。
〈明星〉は、自らがその主人となる者を決めると言う。その短刀に選ばれた者のみが、その刀本来の力を引き出せるとされていた。しかしそれには、夜久野の血筋でなければならないという注釈がつく。
夜久野の当主となる器を持つ人物を、その〈明星〉は選ぶのだ。そして、〈明星〉は綾瀬の言葉を借りれば、愛美に感応した。愛美は選ばれたのだ。夜久野の直系の血を引く人間以外には、それは考えられないことだ。
綾瀬は愛美を、意味深な眼差しで見た。彼は愛美が夜久野真名ではないと言いながら、その実、愛美が夜久野の末裔だと指摘しているのに他ならない。
(私が夜久野真名だと言うの・・・?)
そうすると、愛美の記憶はどうなってしまうのだろう?
幼稚園の黄色い鞄を提げた愛美。弟の剛のおもちゃを喧嘩した時に壊したこと。家族四人で出かけた北海道旅行。小さい頃の思い出は、確かに愛美の中に存在する。
それが全て、夢だったとでも言うのか? 愛美は、湯船の中に頭まで沈めた。
(確かめる術はない・・・か)
とにかく奈良へ行き、〈明星〉本体の封印を解くこと。今の愛美がしなければいけないのは、それだけだ。しかし何とかして、愛美は自分が何者かを知りたいと思った。
(それまでは死ねない、死なない)
愛美は湯の中から顔を出すと、犬のように頭を振って水気を飛ばした。
『ああ。長門さんが付いて行ってくれるのですね。あの人は東大寺君なんかと違って、物静かないい人ですよ』
『その、俺なんかと違って言うんが気に食わんけど、長門は悪い奴やない。図体はデカイけど。まあ、問題は俺の素晴らしいギャグについてこられんとこかな』
東大寺少年の過去とやらに気を取られていて、愛美は綾瀬から、その愛美のパートナーになる男のことを聞き漏らしてしまった。マンションで紫苑の手料理を食べながら、聞いた愛美に彼らはそんな答えを返した。




