第二章 March of Ghost 5
「もう独り暮らしはやめて、あそこに住も。さあ、二人の愛の巣にレッツゴーや!」
そう言って愛美の腕を引っ張る東大寺に、紫苑も呆れ果てている。愛美も頭を抱え込みたい気分だ。
(過去を引きずっている・・・? この人が)
いや、それは失礼と言うものだろう。この東大寺少年と会うのだって、今日がまだ二度目だ。彼のことは何一つ知らない。分かっているのは名前と年頃、関西弁を話す超能力者と言うことぐらいか。
紫苑も勿論、綾瀬のことだって、何一つ知りはしないのだ。
(彼らは一体何者なのだろう)
愛美の中に、ふとそんな疑問が生まれた。少し余裕が出てきたのかも知れない。
それも、いつか分かるだろう。
「なんだか、安心したらお腹空いちゃいました。紫苑さんの手料理が食べたいなぁ。なんて」
愛美が東大寺の脳天気さを真似て紫苑にそう言うと、東大寺はポンと手を打った。
「そりゃ、ええ考えや。紫苑、ステーキかなんか焼け!」
「まさか、東大寺君。まだ食べる気じゃないでしょうね。ついさっき、ご飯三杯も食べたでしょう」
「成長期やから、ええのん」
彼らといる時間に居心地の良さを感じながら愛美は、少しずつその状況に馴染んでいく自分を受け入れていた。
*
『〈明星〉は、明星と書いてあけぼしと読む。柄と鞘が数百年の樹齢を経た神木から成る、長さ20㎝ばかりの短刀の銘だ。その刀の謂われは、戦国の昔、世の人々を震憾させた鬼女、明星を調伏せしめた所以と伝えられている』
『まさに、神刀と言うに相応しい刀剣であった。それとともに、『残月』〈のこりづき〉と呼ばれる日本刀が対として存在する。両刀ともに、上月家の所有とするところだ』
『しかし彼の神刀〈明星〉は明治期より夜久野の手に渡り、夜久野亡き後その所在は掴めぬままとなっている。二振りの刀は言わば、陰陽家の権力の象徴であった。その片方が失われたなど、外聞の悪さも甚だしい』
『その為その事実は、上月によってひた隠しに隠されてきた。上月家の主だった者と、彼らの眷族の一部しか知らないことだ』
(私があの狼に襲われた後、いつの間にか持っていたあの短刀、あれが〈明星〉だと言うの・・・?)
愛美はバスタブに頬杖をついて、ふ-っと息を吐いた。風呂場の中の白い蒸気がゆっくりと渦を巻く。愛美は温めのお湯に、長い時間浸かるのが好きだ。
柔らかな湯に浸りながら、ぼんやりと物思いに耽るのは、彼女にとっての至福の時である。普段なら、その日学校であったことや、明日の予定なんかを考えたりするのだが、今の愛美には、それらの日々が別世界のように思えてならない。




