第二章 March of Ghost 4
その男の第一印象は、はっきり言って最悪の二文字だった。東大寺にとって綾瀬が嫌な奴なら、そいつは愛美にとっての嫌な奴と言う訳だ。
その嫌な男は今、愛美の隣でビール片手に車窓からの景色を眺めていた。酒を手放さないことと、愛美に一言も口を聞かないことは、旅の始まりから一貫している。
愛美は胸の内で、綾瀬のバカヤローと叫んだ。
これでは何の話か分からないだろうから、ひとまず話を元に戻そう。
ことは、五日前に逆上る。愛美が、SGAのメンバーとなった日のことだ。愛美は、綾瀬に言われた関西行きを了承した。任務の内容は・・・
『〈明星〉を、上月より前に確保すること』
その為に愛美は、奈良に行かなくてはならない。奈良の何処に行くかと言う、具体的な場所は聞かされていない。理由は簡単。愛美の動向は全てチェックされているらしい。盗聴もしかりだ。その為、指示は行く先々で出すと言っていた。
話が終わった頃、まるでそれを見計らっていたかのように、紫苑が顔を出した。東大寺少年と一緒に愛美を迎えに来たのだと言ったが、彼の側に少年の姿はなかった。綾瀬に会うのが嫌で、下で待っているらしい。
意味深に笑う綾瀬を残し、愛美は紫苑とともに部屋を後にした。
「愛美ちゃん、今夜はパーッと騒ご。歓迎会や。それには酒買ってこなあかんな。紫苑、お前も金出せ。今からマンションで部屋飲みや」
月明かりの下、東大寺の陽気な声が響き渡る。
「何、考えてるんですか! あなたはまだ未成年でしょうが。お酒なんて駄目ですよ」
それを生真面目に嗜める紫苑。二人を眺める愛美は、少し複雑そうな顔になる。それには、綾瀬の言った言葉が起因していた。
愛美は命を狙われている。これは明白な事実だ。自分の身を守ることの出来ない愛美に、一人旅などさせられないと綾瀬は言った。そして、パートナーが必要だとも。
『関西は東大寺が詳しいんだが、あいつは絶対承諾しないだろうな。彼にとっては、忌まわしい思い出の詰まった場所だ。彼はああ見えて、随分繊細だからな。今だに、つまらない過去を引きずっている』
『紫苑は駄目だし、巴は学校の前にそもそも・・・やはり長門に頼むか。まあ、ボディーガードはあいつの専門だし、適役と言えば適役だな。今の奴の仕事に片が付いたら、君とともに行かせよう』
綾瀬は考えをまとめる時、口に出す癖があるらしい。彼は一頻り呟いた後、失言だったと気付いたようだ。肩を竦めて、今のは聞かなかったことにしてくれ、と言った。
東大寺少年は、彼の過去を知る綾瀬を嫌って、近寄らないらしい。もし愛美が綾瀬から聞いたと知れば、例えそれがほんの一端だとしても怒るだろう。
『誰にだって、過去の一つや二つあるさ』
綾瀬はそう言って、言葉を締め括った。




