第一章 Welcome to my nightmare 37
「足の傷、早く治るといいですね」
中岡はその言葉に、驚いて顔を上げた。見たことのない少女が目の前に立っている。
(誰だろう?)
秋らしい落ち葉色のワンピースを着た、大人っぽい顔立ちをした少女だった。
三日前、この学校でガス爆発が起きた。クラスメイトが何人も死に、愼一もひどい怪我をした。足の傷は、彼からサッカーと言う夢を奪い、同時に生きる気力をも奪った。
「行こ、愛美ちゃん」
「これからも精一杯やっていってね」
一緒にいた男に声をかけられ、少女はそれだけ言うと、綺麗な笑みを残して歩き去った。
(誰だろう?)
二年か三年の先輩かも知れない。
「な・・中岡。今の誰だ、お前の知り合いか? 滅茶苦茶可愛かったぞ」
ぼ-っと少女の後ろ姿を眺めていた愼一は、その声で我に返った。部活の仲間達が彼の側にいる。
(あれ、俺達今まで、何してたんだっけ?)
錆びた鉄の味がする。
(唇が切れてる? 何があったんだろう、よく分からない・・・。まぁ、そんなことはどうでもいいか)
「違う違う。あんな可愛い子、一回見たら忘れないって。誰だろ。やっぱ、俺が格好いいからじゃないか。モテる男は辛いなぁなんて」
「馬鹿だな、男付きだぜ。捨て犬か何かと思われたんだろ。お前のことだからさ」
失礼な、愼一はそう呟きながら、もう見えなくなった少女の残像を追うかのように、目を細めた。隣にいた男は、見るからに体育会系で、女子どもが騒ぎそうな好青年だった。
(あいつも、ああ言うタイプが好みなんだろうか?)
愼一はふとそう思い、訝しそうに首を傾げた。
(あいつって、誰だっけ? まっ、いいかぁ?)
*
その八階建ての瀟洒なマンションは、必要以上に広い部屋と、一般人が目を剥くような家賃が売り物だった。全て金持ちと呼ばれる人種の、虚栄心を満足させる為のオプションだ。
そのマンションの持ち主である綾瀬は、最上階のフロアに君臨する王者だった。三年前に、SGAという会社を設立し、その創始者として収まっている。
――アホ親父、成金、変態、鬼、悪魔 ・・・etc.
これは、綾瀬に対する東大寺の批評のごく一部だ。
『とにかく嫌な奴やねん』
そう言って東大寺は、愛美一人をマンションの前に残して、何処かに行ってしまった。そうしてくれるように、愛美が頼んだのだ。
綾瀬に会うのは、自分一人の方がいい。
(超能力者・・・か)
愛美はそんな人間がいるとは、本当のところ信じていなかった。しかし東大寺は、愛美の頼みを確かに聞いてくれたのだ。中岡も、一緒にいた少年達も、愛美のことなど奇麗さっぱりと忘れてしまった。
それでいいのだと、愛美は自分に言い聞かせる。
自分が選んだ道だ。




