第一章 Welcome to my nightmare 34
「一体、何の本読んでんの?」
東大寺がそう言いながら、愛美の持っていた本の題名を確かめた。
〈呪術大全〉
東大寺は頭がクラクラとするのを感じた。紫苑と同類かい、いや、俺はこんなことでは負けへんで。東大寺がぶつぶつと呟いている。やっぱり、おかしな人だと愛美は思う。
「どうしても、何が起こったか知りたかったんです。それに、知る必要があると思ったんです。でも、駄目。十年前に起きたと言う事件も調べてみたけど、結局見つからなかったし」
愛美の言葉に、東大寺はそりゃそうやろと頷いた。見つかる筈がない。東大寺には、別段不思議なことでも何でもないらしい。その話自体が作り話だったのかと愛美が危ぶむと、
「新聞とか本に書いとることが、全部真実とは限らんし、そう言うもんには載ってないこともある」
そう言って、東大寺が例として上げたのは、三崎高校であった事件だった。ガス爆発として処理されたあの件が、決してガス漏れに引火して起こったものじゃないことぐらい、愛美が一番良く知っている。
いや、違う。あれは夢だったのかも知れない。突然二階の窓から入ってきた犬に襲われたなど、誰が信じるだろう?
例え教室にガスの元栓がなくとも、ガス爆発だと言われる方が、よっぽど信憑性がある。
「愛美ちゃんが見たんが、ほんまの事実やで。ガス爆発って言うのは、警察の吐いた嘘や」
いつの間にか、あんたから、愛美ちゃんになっている。
「警察には何も出来ないって言うやつですか?」
「警察だけやない。政府かってそうや、見たくない事には目ぇ瞑って逃げとる。みんなそう言うもんや。でもな俺らはちゃう。ほんまの現実から逃げ出したりはせん」
東大寺の真摯な眼差しが、愛美に現実を直視しろと言っている。
逃げては駄目だと訴えていた。ただ単に調子がいいだけかと思っていたが、きちんと押さえるところは押えている。
愛美は自分が、綾瀬の条件を飲むかも知れないと感じた。
「SGAって一体何なのですか?」
愛美がそう尋ねると、東大寺はよく聞いてくれたと言わんばかりに、胸を張った。そして、いきなり拳をマイク代わりに歌い出した。
「タラターン。ターリーラーリラ、タリラー。ジャカジャン」
(時代劇の・・し・仕事人・・・のテーマ?)
「当たりや。つまりそう言うこと」
愛美は流石に、人選を間違えたことに気が付いた。東大寺のペースに乗せられて、愛美はすっかり自分の状況を忘れている。
そう言うことってどう言うことなのよ、愛美は心の中でツッコミを入れながら、友人達との会話を思い出していた。東大寺少年は年も近い分、クラスの男子のような気安さがある。綺麗で大人な紫苑では、こうはいかない。
「みんなに会いたい」
愛美がふと洩らした言葉に、東大寺がすかさず提案した。
「クラスの奴らか? それやったら、今から学校行ったらええ。昨日とその前の日は休校にしたみたいやけど、今日は全校集会とかで学校あったらしいから、行ったら誰かおるんとちゃう?」
東大寺は気軽に言ったのだが、まさかそれが愛美を崖から突き落とすような、あんなことに繋がるとは思ってもみなかった。――いや。考えてみればすぐに分かった筈だ。
日頃、軽挙妄動だとあいつに言われていたが、これ程身に染みて感じたことはない。
(すまんかった。誰にも、自分と同じような思いはさせたないと思うとったのに)




