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第一章 Welcome to my nightmare 33

 何かしなくてはいけないと思っても、すぐにいい考えが思い浮かぶ筈もない。愛美まなみはとにかく何かしようと、まず手始めに服を着替えた。

 紫苑しおんが持って来た服は、みんなサイズは合っているのだが、どうも愛美には大人っぽすぎるようだ。一番着られそうなワンピースを選んで身につけると、何だか心が浮き立った。

 外に出て愛美が一番始めにしたことは、ショーウィンドウに映る自分の姿を確かめることだった。

 人は強い。

 脆く、崩れやすい生き物ではあるが、人は生きるすべを知っている。悲しみから立ち上がる方法を身に付けている。

 愛美は、何処かに行く当てがあった訳ではない。あった訳ではないが、その建物を見つけた時、愛美は迷わずその中に入って行った。

 後についていた東大寺とうだいじが、思わず躊躇ちゅうちょしたのも無理はない。そこは、彼にはあまりに縁の薄い図書館だったのだ。

 愛美は書架から書架へと足を運びながら、お目当ての本を次々と抜き出していく。伊達に日本史好きは自負していない。これでも調べ物は得意な方だ。十冊近い本を抱えて、愛美は席についた。

〈日本の陰陽道の推移〉

〈陰陽師 祭礼と儀式のすべて〉

 他には、十年前の新聞の縮刷判も持ってきてある。愛美は自分の気の済むまで調べる覚悟だった。

「隣り、ええやろか」

 調べ物に夢中になっていた愛美は、その声にハッとして顔を上げた。

「す・・済みません」

 愛美は、慌てて広げていた本を、手元に掻き集めようとして動きを止める。

「あ・・あなたは・・・」

 少年は人懐っこい笑みを浮かべながら、椅子に腰を落とし、

「東大寺言いますぅ。と言うても、お寺さんとは何の関係もないでぇ」

 と、おどけたように言った。今日の東大寺は学ラン姿で、手にしていた鞄の厚みしかないように見えるペラペラのスクールバッグを、無造作に机の上に投げ出した。

「どうして、こんな所に・・・?」

「え!? やっぱり、俺には図書館なんか似合わへんか」

 焦る愛美に、東大寺はウィンクして見せた。

「やっぱ、反応が可愛いなぁ。うちのアホどもとはちゃう。実はな、ちょっと道で見かけたから、声かけよう思うとったら、こんな所までついてきてもうたんや」

 そう言いながら、東大寺は机の上に顔を突っ伏すと小さく唸った。どうかしたのかと訝る愛美に、東大寺は陽気な声で言った。

(おかしな人だ)

「なぁ、ひどいと思わん? ちょっとテストの点が悪いから言うて、部活やめろはないやろぉ。むっかつくよな、あの担任。きっと、どっかの誰かさんやったら、二回も同じところやって間違うなんて、学習能力悪過ぎやとか言うねんで」

「・・・二回って、留年?」

「ああ、ちゃうちゃう。訳あって、一年で二年の今頃の授業受けただけ」

 愛美にはよく分からないが、もっと詳しい説明をする気は東大寺にはないようだ。一年で先取学習などしても、訳が分からなくなりそうなだけだと、普通に思うだけで、取り立てて東大寺の出来が悪いとは思わない。

 取り立ててどころか、東大寺は頭が良くない。テストでは欠点ばかりとっている。だが、本人は至ってそれを気にしていないらしい。テストの点が悪いことよりも、部活を止めさせられるかどうかの方が問題なのだ。

「誰か・・・って。あの綾瀬さんのことですか?」

「おっ、あんた。あいつに会ったんか? むかつくやろぉ。でもあのアホ親父やったら、こう言うな。それなら留年して、もう一度二年生をやればいい。気楽なのは、学生の間だけだからな。とか何とか」

 東大寺は、身振りまで加えて熱演して見せた。思わず愛美も吹き出してしまう。他の利用者達の、迷惑そうな視線が集中した。いつもの愛美なら、恥ずかしいと思っただろうが、今はそうは思わない。

(笑ったのは何日ぶりだろう? まだ自分には笑うことが出来るのだ、こんな現実の中でも)

 愛美の凝り固まっていた心がほぐれていく。

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