第一章 Welcome to my nightmare 29
昨夜、あの紫苑青年が帰った後、愛美は食事も摂らずにベッドに潜り込んだのだった。到底、食べるなどと言う気分にはなれなかった。だからと言って眠れる訳でもない。
愛美の心は暗闇の中で、火を持たず獣に怯える原始の世界へと還っていた。それは、今までに感じたことのない強い死への恐怖だった。
明け方近くまで、まんじりとせずに起きていた愛美は、自分がいつの間にか眠りに落ちていたことを知った。
夢を見たような気がするが、よくは覚えていない。何かとても大事なことを忘れているような、そんな感じだ。
(あの人とは誰だろう?)
目覚めた瞬間には、確かに覚えていた筈なのに。
愛美は低く溜め息を吐き、そんなことはどうでもいいと言うように、頭を振った。
『君の居場所は、もう何処にもない』
昨日、綾瀬とか言う男に言われたことを、あの後愛美はよく考えてみたのだ。そして分かった。確かに家族も家も失った。でもそう言うことは、テレビや新聞のニュースの中ではよくあることだ。
一日の間に沢山の人間が、事件や事故に巻き込まれて死んでいる。それが自分の身に起こったと言うことは信じられないが、それはもう変えることの出来ない事実だ。現実として受け入れなければならない。
『君の居場所は、もう何処にもない』
居場所ならある。
(私は一人になった訳じゃない。行き来はなくとも親戚だっている筈だし、私を殺そうとする奴らからは、警察が守ってくれる)
大丈夫だと愛美は自分に言い聞かせるが、もう一人の自分が、それをただの気休めだと嘲笑う。
愛美はベッドから離れると、キッチンへと向かった。冷蔵庫から新品のペットボトルを取り出し、グラスに水を注ぐ。
一口飲むと、胃が締めつけられるような痛みを覚えた。両親と弟が死んだのに、こうして愛美は生きていて、お腹も空けば痛みも感じる。何か遣り切れない気持ちになった。
愛美は気分を変えようと、居間のテレビをつけた。
七時過ぎ。どの局も朝のニュースを流している。
――・・・男はその場で逮捕され、現在警察で取り調べを受けている模様です。続報をお伝えします。昨日の午後、埼玉県立三崎高校で、ガス爆発による死傷者が出た事故で、重体となっていた山崎優子さん十六才が今朝未明に亡くなりました。これにより死者八名となり、今もまだ三人の生徒が、集中治療室で治療を受けていると言うことで、今後の安否が気遣われます。それでは次のニュースです。昨日の夜遅く都内の宝石店に・・・
愛美は、ゆっくりとした動作でテレビのリモコンを押した。黒いテレビ画面が、愛美を飲み込むかのように、ぽっかりと口を開けている。
三崎高校。ガス爆発。山崎優子。
愛美の頭の中で、その三つの言葉が点滅する。
(優子が死んだ? ガス爆発)




