第一章 Welcome to my nightmare 2
鬱陶しい空模様とは裏腹に、教室内は非常に活気がある。つまりうるさい訳だが、それも当然で、今は昼休みの真っ最中だった。
優子は、曇りの日は嫌いだ。近視なので、曇りの日は、黒板が見えにくくなる。
「ユーコちゃ-ん。英語のノート見せてぇ」
数学の問題集とにらめっこしていた山崎優子は、その声にゆっくりと顔を上げた。机の前に親友の近藤愛美が、両手を胸の前で組んで、お願いポーズで立っている。優子は癖で眼鏡をちょっと持ち上げると、溜め息を吐いて見せた。
「マナは本当にいい度胸してるわね。遅刻するは、予習はやってこないは」
「あれは遅刻じゃないもん。電車が遅れたけど、ホームルームにはちゃんと間に合ったでしょう」
愛美がすかさず否定したが、彼女の事実認識には少しズレがある。ホームルームに間に合ったのは、担任が職員会議で遅れた所為だ。 愛美が着いたのは、いつもならとっくに朝のH・Rが始まっている時間だった。
それに電車が遅れたのではなく、電車に乗り遅れたと言うのが、本来なら正しい。
「読み始めたら、止まんなくて」
愛美はそう言って、恥じらいもなく大きな欠伸を洩らした。
愛美は、こう見えても歴史が得意だ。特に日本史。やたらと歴史には詳しくて、昨夜も歴史小説を読み耽っていて、夜更かししてしまったらしい。
優子は机の中から英語のノートを取り出すと、愛美に手渡した。
「ありがとう。今度、何か奢るね?」
「まあ、期待しないで待ってるわ」
優子はそう言うと、視線をまた問題集へと落とした。愛美はいそいそとノートを持って自分の席に向かう。――と、
「あれ、そのノート、委員長のやつ? 俺にも見せてよ」
「次の時間、俺当たるんだよなー」
愛美を呼び止めたのは中岡と言って、クラスの男子の中では、一番愛美と仲がいい。彼女は全く気付いていないようだが、中岡は愛美のことが好きなのでは、と優子は睨んでいる。
「委員長、委員長! 俺にもノート貸して!」
優子は勝手にしろと言うように、右手を振った。
委員長と言う呼び名の通り、優子はクラス委員を務めている。優等生ぶりが災いしてか、いつだってクラスのまとめ役を買わされてきた。
「先に貸せよ。俺は今日、当たるんだ」
「待ちなさいよ! 私が先に借りたのよ」
中岡と愛美は、他人のノートを奪い合うようにして、写している。う-ん。似合いのカップルと言えないこともない・・・・か?
その時、教室の戸が開き教師が入ってきた。
時間にうるさい女の数学教師が教卓に立つのと同時に、チャイムが五時間目の始まりを告げた。