第一章 Welcome to my nightmare 25
以前は東大寺が、このマンションで住んでいたらしいが、彼はこの夏から独り暮らしを始め、この部屋はずっと空いているのだと言う。いつでも使えるようにだけは元々整えられている部屋を、紫苑は愛美の為に確認し直した。
「今晩ここに泊まりたいのは、やまやまなんですが、どうしても家を空ける訳にはいかないんです。済みません」
紫苑はそう言って、本当に済まなさそうな顔をする。愛美は大丈夫だと言うように笑って見せた。
本当は一人で夜を過ごすのは心細いが、こんな綺麗な青年と、二人っきりになるのも少し困る。愛美の泣き笑いのような表情に、紫苑は不安な気持ちを隠せない。
「明日の朝、早く来ますから、朝ご飯何にします? あっ、買って来るより、私が何か作りましょうか?」
「本当に大丈夫、適当にやりますから」
愛美の言葉に、紫苑は後ろ髪を引かれる思いで出て行った。
駐車場に入れてあった、紫苑の国産車がエンジンを吹かして遠ざかって行く。先の車は当然のことながら綾瀬の持ち物で、紫苑は綾瀬のマンションを後にする時、自分の車に乗り替えていた。
愛美は手の平に乗せた紙を見つめ、声に出して呟いた。
「自殺するとでも思ったのかな」
『良かったら、電話してくださいね。電話は大抵私が出ますから』
紫苑の笑顔がふっと現れて、そして消えた。
聖マリアンヌ教会 03-3×××-××××
今、紫苑は教会の神父の所に居候している。その神父の体調が思わしくないらしく、長い時間留守に出来ないのだった。
愛美はテーブルの上に、丁寧に紙切れを載せた。灰色のレザーソファに腰掛ける。知らない内に溜め息が出た。
いつまでたっても夢は覚めない。それどころか事態はどんどん悪い方に向かっている。これが現実だと認めなければいけないのか。
愛美の閉じた目から、一滴の苦いものが頬を転がり落ちた。
「誰か嘘だと言って」
*
街の雑踏、色とりどりの傘が、途切れることなく流れていく。原色を使ったおもちゃのようなファストフードの店内は、学校帰りの中・高校生の少年少女に占拠されている。
何の憂いも知らない無邪気そのものの、たわいもない雑談の音は、今の彼にはただの苦痛でしかない。目の前の食事に全く手を付けず、 ストローの袋を弄んでいる彼に、少女は訝かしむような視線を寄越した。
「お兄ちゃん? 食べないの」
大和は無理やり笑顔を作った。
「那鬼様のところで、少し戴いたんだ」
勿論それは嘘だが、わざわざ本当のことを言って瑞穂に心配をかけることもない。瑞穂は兄の頬にうっすらと残る手形も、兄が無理をしていることにも気付いていたが、あえてそれには触れず、わざと明るい声を出した。
「なんだ。それなら別に付き合ってくれなくても良かったのに」
――いらないんなら、私が食べちゃうわよ。
兄のことが心配で、瑞穂もあまり食欲はなかったが、そう憎まれ口を叩いて、兄のトレーからハンバーガーの包みを奪った。




