第一章 Welcome to my nightmare 24
「だが君を、夜久野真名だと信じている者がいる。だから君は今ここにいる。もし君が夜久野の遠戚でなく、死んだ当主の孫と同じ年でなかったら。いや男の子だったら、君がここに来ることはなかったろう。彼らにとっては君は、夜久野真名以外の何者でもないんだ。君は殺される」
淡々と重ねられた言葉に、愛美から抵抗が消えた。綾瀬の言葉はあまりに簡単で、反論の余地もない。自然に置かれた立場を、愛美は理解していた。
「私はじゃあ、どうすればいいんですか?」
綾瀬はその言葉を待っていたようだ。勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「簡単だ。我が社のメンバーとなればいい。ただそれには、君は夜久野真名と名乗らなければいけない。いや、夜久野真名になることだ」
それとこれは。異議を唱えようとする愛美を手で制して、綾瀬は言う。
「三日間だけ、猶予をやろう。それまでによく考えればいい。決して悪い話ではない筈だ。その気になったら、いつでも私のところにおいで。それまで君の身柄は、紫苑に預けておく」
――三日間だけ、猶予をやろう。
綾瀬は話を打ち切り、紫苑を呼び戻して愛美を連れて行くように言った。その間一度もサングラスを外すことはなく、男の素顔はついに分からずじまいだった。
綾瀬の部屋を去る間際、彼が最後に言った言葉が愛美の心を重く締めつける。
『近藤愛美として、生きていけるとは思わない方がいい。どうせすぐに分かるだろうが、――君の居場所は、もう何処にもないのだからな』
「私、あの綾瀬って人、好きになれそうもないです。何だか嫌な感じで」
愛美は先程のあの男の不遜な態度を思い出し、キュッと唇を噛み締めた。
「そうでしょうか? あなたもあの人の事をよく知れば、きっと好きになりますよ。誤解されやすいけれど、本当はとってもいい人なんです」
紫苑はそう言うと、人のよい笑顔を見せた。綺麗に伸びた高く細い鼻梁、眉墨を引いたような弓形の眉、口角の上がった口元から覗く整った白い歯が眩しい。
愛美は思わず青年の顔に見とれてしまい、それが恥ずかしく慌てて視線を落とした。彼は、愛美の一連の動作には気が付かなかったらしく、部屋の説明を続けた。
「寝室は全部で三つあり、今は誰も使ってませんから、どこを使ってもらっても結構です。あと、お腹が空いたらカップ麺ぐらいしかないですけど、どうぞ食べて下さいね」
4LDKのマンションの一室。一通りの家具や電化製品は揃っているが、生活臭が全くしない。ここは、あの綾瀬の名義で借りているらしい、言わばSGAのメンバーの本拠地のようなものだった。
綾瀬の会社は紫苑の言を借りれば、何でも屋と言うことになる。メンバーは紫苑と、東大寺(関西弁の少年のことだ)を、含めて四人。




