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第一章 Welcome to my nightmare 22

 犬のクラディスが、その青年ではなく後ろにいる誰かに向けて小さく唸った。

――止めなさい、クラディス。

 そう男は諌めておいて、

紫苑しおん、そちらの彼女を私に紹介してくれないか」

 紫苑が、自分の背後で立ち竦んでいる少女の背を押して、部屋の中に入らせる。

近藤愛美こんどうまなみさんです。今回の件で保護しました」

 男は軽く頷いて、愛美にソファに座るようにと勧めた。紫苑に紅茶を淹れるように告げて、男は自分も愛美の向かい側のソファに腰を落ち着けた。当然のような顔をして、その男の足下に犬が寄り添う。

 紫苑は室内の飾り棚に置かれた保温ポットや、茶器を扱い始める。

綾瀬あやせと申します。御家族、御学友のことはお気の毒でした」

 愛美ははっとして、伏せていた面を上げた。急に現実に――否悪夢に引き戻された感じだ。

「流石は東大寺とうだいじ君、何だかんだ言っても仕事に卒がない」

 紫苑の言葉に綾瀬は何か思い出したらしい。そうそうと呟いた。

「彼から紫苑に、伝言を頼まれていたんだった。確か・・『俺のお陰で随分ツッコミに磨きがかかってきたが、まだまだ甘いな』とか」

 紫苑は危うく砂糖壷を取り落としそうになり、クラディスはクラディスで馬鹿らしいと言わんばかりに鼻を鳴らした。

「東大寺君はそんなことを、わざわざ伝えるようにあなたに言ったのですか?」

 紫苑は呆れて、もう何も言う気がしなくなる。紫苑が支度を終えるまで、綾瀬は口を開くことはなかった。紫苑は優雅な所作で、愛美と綾瀬の前にそれぞれ紅茶碗を置く。給仕を終えると紫苑は、

「話が終わったら、呼んで下さい」

 と綾瀬に言い残して、部屋を出た。

 ついていてくれるものとばかり思っていた愛美は、呆気なく紫苑を飲み込んだ扉を茫然と見つめた。

「私なんかと、二人っきりになるのは嫌かな」

 愛美の心の中を見透かしたかのように綾瀬がそう言うと、クラディスがすかさず抗議の声を上げた。自分もいると言いたげだ。綾瀬は口元を緩めると、犬の首筋を撫でてやった。

「クラディスは、焼き餅妬きでね。君に手を出したりしたら、大変なことになる。大丈夫。変な真似はしないから」

 綾瀬はそう言って、悪戯っぽく笑って見せた。彼にとっては愛美など、ただの子供にすぎないのだろうが、論点をずらされることによって、愛美の心細さは和らいだ。

 黒眼鏡に遮られて、この男が何を考えているのか分からず不安だったが、別に悪い人間ではないらしい。愛美は、ほっと胸を撫で下ろした。

「済まないが。早速、本題に入らせてもらうよ」

 綾瀬はそう前置きして、次のようなことを言った。

「私は君と一つの取引をしたい。君をSGAのメンバーとして受け入れる代わりに、君には夜久野真名やくのまなと言う名を名乗って欲しいのだ」

「そんな! 私は近藤愛美なのよ」

――人の話は最後まで聞くものだ。

 綾瀬は冷たく言い放ち、砂糖無しでカップに口をつけると、紅茶を一口含んだ。

 評価を下すのは、少し早すぎたらしいと愛美は思う。愛美はテーブルの下で、拳を握る手に力を込めた。

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