第一章 Welcome to my nightmare 20
「ついでに、邪魔も入ったようだな」
那鬼は、幾分声のトーンを落とした。ブラインドの桟の隙間に、指を挿し入れ外を透かし見た。
街路樹に潜む黒い影。まるでそれは那鬼の視線を感じたかのように、枝から離れ、雨の中に飛び立った。二度、その姿を見せつけるかのように旋回し、鴉はビルの谷間に消えた。
那鬼はそれを確認すると窓辺から離れ、事務机を前にして椅子に腰掛けた。
「邪魔立てした者に、心当りがないこともない。その件は私が調べる。お前は夜久野の孫の今後の動向を探れ、分かったな」
大和は操り人形のように無感動に頷くと、那鬼に背を向けた。それを、待てと言う那鬼の声が遮った。振り返った大和は、とんできたそれを何とか指で捉えた。この会社の名前の入った那鬼の名刺。裏を返すと、見覚えのない数字が並んでいる。どうやら電話番号らしい。
「マンションの方の番号だ。それをやるから、もう会社には来るなよ」
顔を上げた大和の表情が、目に見えて明るくなる。何度も首を縦に振ると、いそいそと言った感じで部屋を出て行った。まるで好きな男の部屋の合鍵でも貰って、喜ぶ女のようだっだ。那鬼は、薄気味悪そうに肩を竦める。
「あいつ、大丈夫だろうな」
別に大和だって、男の電話番号を教えられて喜んでいる訳ではなかった。
大和は、那鬼のことを何も知らない。那鬼は、自分の私的な部分を殆ど見せることがないからだ。信用されていない訳ではないのだろうが、それが少し引っ掛かっていた。
大和が出て行き、那鬼は暫くぼんやりと雨の音を聞いていた。ふと思い出したように、デスクの引き出しを開けると、奥の方に手を入れる。
指先に触れる冷たい感触を、確かめるように手の平の上で転がす。
ジリッ
小さな摩擦音がして、赤い炎が揺らめく。ライターだが、それは彼の物ではない。那鬼は、煙草はやらない。
彼は、その古ぼけたライターの燃える火を見つめた。
「十年前の亡霊どもに、何も出来はしないさ」
男の暗い双眸の内で、二つの赤い炎が揺らめいていた。




