第一章 Welcome to my nightmare 18
「東大寺君、さっさと乗って下さい。行きますよ」
「俺はええわ、ここの後片付けあるし。それに綾瀬の顔なんか見たら気分、悪なる」
別に紫苑も、無理強いするつもりはない。
「あー、これだけ綾瀬に返しといて。お守り。お守りとか言うて、これ以上変なもん見えたら困るからな」
東大寺はポケットから出した、綾織の小さな袋を紫苑に押し付けた。お守りと言っても、神社で売っているような守り袋ではないが。
東大寺にも式神が視えた理由に、紫苑は納得する。
「人の心とか、普段見ているものも変なのでは?」
「それは馴れとるし、あんな気色い犬の生首とかは見ぃひん」
助手席のドアを閉めようとしたところ、愛美が待ってと言うようにそれを手で遮った。
「あ・・・あの。助けてくれて、ありがとうございました」
どう言っていいのか分からないのか、愛美は少し困ったような顔をしている。東大寺は笑顔でそれに応えた。
「今度、デートしよなぁ」
紫苑は、小さく溜め息を吐くとドアを閉める。全く一体どう言う神経をしているのか、東大寺は紫苑にとって今もって謎だ。 もう少し、時と場合と言うものを考えて欲しい。それでも一応心配だけはしてみる。
「本当に大丈夫なんですか。先刻のやつ、かなり無理をしたのではありませんか」
東大寺はきょとんとした顔をして、それよりもと言って手招きで紫苑を呼び寄せた。どうしたのです、と怪訝がりつつ紫苑がそれに応じる。
「愛美ちゃんやっけ。俺は80ちょいのBと見た」
小声で囁いた東大寺を、暫くの間紫苑はじっと見ていたが。
「痛いっ! 何も殴らんでええやろがっ。それに透視能力はないから、俺は目で見たまんまを」
紫苑はほとほと愛想が尽きたと言わんばかりに、返事もせずに車に乗った。何が起こったのか分からない愛美は、車の中で目を丸くしている。
手を振る東大寺の前を、黒塗りの高級車が走り去る。角を曲がって見えなくなったところで、東大寺少年はブロック塀に身体を預けた。そのままズルズルと崩れ落ち、東大寺は地面の上にしゃがみ込んだ。
目をつぶり、そっと瞼の上を腕で覆った。
「あのアホ、手加減ってもんを知らん。途中まで信号に引っ掛かってへんのを、変やとも思うてないし。俺かて仕事してんのに」
そう一人言ちた東大寺の口調は、相変わらず冗談のようだったが、その声は先程とは打って変わった力ないものだった。
失われた多くの命を悼むかのような、嘆くかのような天の落とす涙の雨が東大寺を押し包み、まるで彼自身も泣いているかのようだった。