第一章 Welcome to my nightmare 17
紫苑はせめてもと思い最後の瞬間、二人の少年少女を自分の身体の下に抱え込んだ。
炎に包まれて、家が悲鳴を上げて焼け落ちていく。紫苑は頬に、何か冷たい物を感じて空を振り仰いだ。
アスファルトの道路の上、ぽつんぽつんと黒い染みが広がっていく。
雨だ。
目の奥に、赤い炎の残像が焼きついて離れない。先程停めた車の側に立っていることに、紫苑はようやく気が付いた。
(助かったのですね)
紫苑は一息吐くと、半ば抱きかかえるようにしていた、東大寺と愛美の身体から腕をほどいた。その途端、東大寺の身体が傾いだかと思うと、そのままゆっくりと倒れる。
「大丈夫ですか!」
紫苑が危うく抱き止めたが、東大寺は目をつぶったまま、ぴくりとも動かない。
「東大寺君!」
青冷める紫苑の腕の中。東大寺は目を開くと、にやりと笑った。
「びびった?」
あっけらかんと言う少年に紫苑は一瞬凍りつき、それからおもむろに支えていた腕を放した。東大寺はちょっとふらついたものの、すぐに体勢を立て直し、命の恩人に向かって何しやがんねんと毒吐いた。
紫苑はそれを尻目に、再び空を見上げた。雨は本降りの様相を示してきているが、一向に火勢が衰える様子はない。そして、こんなに密集した住宅地にも関わらず、隣家に火が燃え移ることもなかった。
少女の、近藤愛美の家だけが隔離されたように炎に取り込まれている。飛び火を懸念してか、野次馬の姿もあまり近くはない。誰も自分達の存在に気付いていない。どうやら、移動の瞬間は見られなかったようだ。
(さて、これからどうしましょうか)
「綾瀬の奴に、任すしかないやろ」
「ええ、そうですね・・・って東大寺君。また人の心を読みましたね」
「あー」
「あれだけ心の中は覗かないで下さいと、言ったじゃないですか。プライバシーの侵害ですよ」
「昔は読んでも、怒らんだ癖に。それより、お前が黙っとるんが悪いんや。考えとらんと、さっさとこの子、何とかしたれよ」
紫苑は先刻からぼんやりと、二人のやりとりを見ていた愛美に目を移した。可愛そうにそぼ降る雨に濡れて、貼りついたセーラー服の、細い肩の線が小刻みに震えている。
「済みませんでした。忘れていた訳ではないのですよ」
嘘吐けと、呟く東大寺を紫苑は睨んでおいて、路上に放置してあった車の、助手席側のドアを開いた。そうしておいてから、愛美の肩を抱いて車に乗るようにと促した。
「心配しなくても、大丈夫ですよ。近藤愛美さん。あなたのことを、何とかしてくれる人を知っていますから」
愛美はその言葉に頷くと、素直に車に乗り込んだ。