第一章 Welcome to my nightmare 16
「燃えとる。玄関は無理や」
「こっちも、もう駄目なようですよ」
紫苑も、東大寺にそう返した。裏庭へと出られるらしい窓のある壁面に、赤い悪魔の舌がチロチロと動いている。すぐにリビングの四方の壁は、炎と煙に占拠されてしまった。
(あまりにも火の回りが早すぎる。おかしい)
紫苑は、咳き込み始めた愛美を、だき抱えるようにして部屋の中央に避難する。
不意に東大寺が片膝をつくと、右手で床の表面に触れた。
「どうする、おつもりですか?」
切羽詰まった紫苑の問いに、東大寺は瞳を半眼にして答える。
「ここら辺にある水道管、全部破裂さす。後始末が大変やとか吐かすなよ、紫苑」
紫苑は、そうじゃないと言うふうに首を振る。
これは普通の火では、ない筈だ。恐らく水では、この火の勢いを止めることは出来ないだろう。
紫苑は、意識を集中させている東大寺を、食い入るように見つめた。
『東大寺さんは、本当に素晴らしいですね。瞬間移動の能力まで、あるのですか。もし宜しければ、私を連れて跳んでみてもらえませんか』
まだ随分あどけなさの残る顔に、少年は人懐っこい笑顔を浮かべて、照れ臭そうに頭を掻いた。
『あんたの方が年上やねんから、さんづけは止めてや。東大寺って、呼び捨てにしてくれてええで。それと俺、あんま瞬間移動とかは苦手やから。一人やったらいけるけど、人連れては、よう跳べん。そう言うやつは、結構体力使うねんで』
愛嬌のある関西弁の少年は、話している間も目をくるくるさせたりして、まるで一時もじっとしていられない、小犬のようだ。
『済みません。何も知らないものですから』
『別に謝ることちゃうって。良かったら、あんたが何考えてるとか当てたろか』
『そんなことも出来るんですか! すごいんですね。東大寺さんは』
『やからぁ、東大寺でええって』
一年前、紫苑は東大寺少年と出会った。知り合ってまだ、一年にしかならないのかと言う感じすらする。幾度も窮地を、二人できり抜けてきたのだ。その度に、東大寺には無理をさせてきたような気がする。
しかし、それでも。
「お願いが、あるんです」
東大寺は目を開くと、何やねんと怒鳴った。
「私達を、いえ彼女だけでも連れて、家の外に跳んでもらえませんか」
その言葉を聞くと、東大寺が狼狽して少し鼻白むのが分かった。躊躇うような素振りを見せたが、紫苑の腕の中で涙目になっている愛美に気付くと、しゃ-ないと言うように肩を竦めた。
「アホか、三人一緒に出るんじゃ。紫苑、俺にしっかり掴まっとれよ」
部屋の中央を残して、周りはもう一面の火の海だ。煙と熱気の渦の中で、目も開けていられない。露出した部分の肌が、焼けてヒリヒリと痛む。
天井に火が回り、ついに二階の重量を支えきれず、天井が崩れ落ちて、
(駄目でしたか)