第四章 Over the Horizon 48
『死体が見つからなかった代わりに、現場で見つけて、形見代わりにずっと持っていたんだ。返すよ』
返すよと言った晃の声音には、肩の荷が下りたと言うような響きがあった。
『それじゃあ、俺はもう行くよ』
晃は綾瀬に背を向ける。綾瀬はライターを握り締めたまま、もう片方の手で晃の背中を掴もうとした。しかし幻影でしかない綾瀬の指は、晃の服を擦り抜けてしまい、掴むことはできなかった。
『晃・・・晃・・・待て。待ってくれ』
ここで擦れ違ったら、もう二度と会えない。綾瀬はそんな気がして、恥も外聞も全てのわだかまりを捨てて叫んだ。だが、もう晃は振り返らなかった。
綾瀬の足はコンクリート詰めにされてしまったかのように、動かない。
『さよなら、兄さん』
晃の姿が闇に消え、綾瀬は彼を失ったことを知った。
地方紙に載せられた三面記事。
鋏で奇麗に切り取られた記事を、綾瀬はライターの火にかざした。炎の舌が紙の下部を舐めていたが、火が付くとメラメラと燃え上がり、炭化して黒く縮みあがっていった。
京都府内の愛宕山で発見された20~30代の男性の遺体は、身許の確認ができるような物は何一つ持っていず、野生の生き物か何かに食い荒らされていて遺体の損傷が激しい為、他殺と自殺の両方の可能性で捜査を進められているという旨が書き記されている。
事件は間違いなく迷宮入りし、捜査は打ち切られるだろう。
桐生晃の失踪は暫くの間、上月でもとり沙汰されるだろうが、やがて忘れられていくに違いない。
「さよなら・・・晃」
灰皿の中に、黒い燃え滓だけが残る。綾瀬はジッポを、胸ポケットにしまった。
全ての終わりは、何かの始まりでもある。
命の終息に見える冬でさえ、新しい芽吹きの季節の為のステップだ。
綾瀬は立って行って、窓の外を眺めた。
冬の鈍い陽光に照らされて、抱えきれないほどの破滅を手にした東京の街が広がっている。
全ては、これからだ・・・。