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第四章 Over the Horizon 44

 その時、近藤愛美こんどうまなみが最後に言った言葉が何だったのかを、晶子しょうこは理解した。一人ぐらいには覚えていて欲しいし・・・。愛美は、そう言ったのだ。

 その後、他のクラスメイトにも愛美のことを尋ねたが、誰も近藤愛美と言う転校生のことは覚えていなかった。

 担任もそれは同じで、念の為頼み込んで見せてもらったクラス名簿にもその名はなかった。

 近藤愛美と言う生徒がいた痕跡を残すものは、何一つ見つけられなかった。時が経てば、舞の事件のことだってみんなの記憶から薄れていくだろう。

(他の誰が忘れても、私は忘れない)

 近藤愛美と言う転校生がいたことを・・・

  *

 綾瀬は手元の三面記事の切り抜きを、見るともなく眺めていた。

 クラディスが、せわしなげに辺りを行ったり来たりしている。まるで恋人を待っているかのような、落ち着きのなさだ。巴和馬ともえかずまが来る時は、いつもこうだった。

 扉をノックする音がする。巴ではない。巴は綾瀬の元を訪れる時は、必ず事前に連絡を入れるがノックすることはない。そう思っていると、扉から入って来たのは愛美だった。

 浦羽うらわ学園に顔を出すと言っていたから、黒い薄手のコートの下は制服なのだろう。

 クラディスは、愛美と入れ替わりに部屋を出て行った。待ち切れないらしい。

「もう気が済んだか?」

 綾瀬の言葉に、愛美は屈託なく笑って答えた。

「ええ、もう全部終わりました」

 そう。全部終わったのだ。

 浦羽学園に、近藤愛美と言う生徒は存在しなかったのだ。たった一人の心の中を除いては・・・。

 綾瀬には珍しく、煮え切らない切り出し方で愛美に聞いた。

「その・・・。私の弟をまだ憎んでいるのか?」

 綾瀬はソッと切り抜きをデスクに置いて、手の平で隠した。愛美はコートのポケットに手を突っ込んだ。愛美は口唇を尖らせる。しかしその表情は、穏やかだった。

「何ですか。いきなり、忘れましたよそんなこと。それに、もう二度と私の前に現れないと誓わせたし」

 綾瀬は頷いた。手の平の新聞記事が、熱を持ったような錯覚を綾瀬は覚えた。

「約束は守る奴だ」

 これからどこかに行くのかと聞いた綾瀬に、愛美はホッとしたように笑って頷いた。忘れたと言っても、簡単に忘れられる出来事ではない筈だ。しかし、いつかは時間が解決してくれる。

 憎しみさえ、時が経てば薄れるものだ――執着さえしなければ。

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