第四章 Over the Horizon 43
最後に何か聞こえた気がしたが、よく聞き取れず、聞き返すように晶子は愛美を見た。そして驚き、慌てて辺りを見渡した。
愛美の姿は金木犀の側になかった。どこかに行ったのかと中庭を見るが、愛美の姿はどこにもなかった。まるで、初めからいなかったようだ。
愛美が持ってきた薔薇とかすみ草の花束だけは、その場所にあった。
晶子は不気味になり、授業の終わりを告げるチャイムが鳴ったのを幸いに、その場から逃げ出した。
「ショーコ様、またサボリ? ノザちゃんの二の舞にならないように、気を付けなよ」
青冷めた顔で教室に戻ってきた晶子は、芹沢あずさに呼び止められた。
相変わらず田中美也子の席を占領していて、ミヤスケは机に座っていた。ミヤスケの席の後ろには空っぽの近藤愛美の席があった筈なのに、いつの間にかなくなっていた。
「最近、ショーコちゃんと宮本仲良いよね。マイちゃんのことでショーコちゃん辛そうだから、心配なんだろうな。どうするアズ? 委員長と副委員長がデキたら」
ミヤスケの言葉にアズは、ナッツ入りチョコの銀紙を剥きながら、春だねと呟いた。ミヤスケが真面目な顔で、今は冬だよと面白くない冗談を言った為、アズにデコピンを喰らっていた。
ミヤスケは平気な顔をして、晶子にチョコを一個くれる。ありがとうと言いながら、律義にも愛美の言葉を伝えようとした。
「近藤さんから伝言よ」
「近藤?」
ミヤスケとアズは声を揃えてそう言うと、誰それ?と続けた。
つい昨日まで、舞が殺された事件のあった日から学校に来ていない愛美を、心配していた二人だったのに、その言葉はあまりにも冷たく響いた。
晶子は妙な不安を覚えながら、更に言い募る。
「うちのクラスに来た転校生の近藤愛美よ。二週間も休んでるけど、あなた達仲良かったじゃない」
晶子の前から忽然と消えてしまったように、近藤愛美のその存在は、誰の心の中からも消えてしまったのだろうか。そんな馬鹿な話はない。しかし、
「ショーコ様、何言ってるの? うちらの学年に、転校生なんていないよ」
「大丈夫? ショーコちゃん。頭の中、夏になってない。暖房の効きすぎで溶けちゃったとか」
アズもミヤスケも心配そうな顔をしながらも、晶子の頭を疑っているようだった。二人とも嘘を吐いているようには見えない。
晶子は、何でもないただの冗談だと自分の席に戻ったが、アズとミヤスケはまだ不審そうに晶子を見ていた。