第四章 Over the Horizon 41
東大寺は、黙って愛美を見つめていた。愛美は、逃げないと覚悟していた為、東大寺から目を離さなかった。東大寺が箸を置く。
その顔に満面の笑みが刻まれていた。
「お帰り」
*
H型の校舎に挟まれた中庭は、多くの木々に遮られて学校と言うより林の中にいるような感じだ。常緑樹が多いので、裸木はあまり目立たない。
いつも秋口に沢山の花をつけて甘い香りを振りまく金木犀は、寒風の中を寒さに耐えながら立っている。
今から二週間前、その木の下で一人の女子高生が死んでいた。
野沢舞。まだ十五才だった。
晶子の親友だ。金木犀の下には、花束やお菓子やぬいぐるみなどが供えられている。
血痕だって地面に吸われて分からなくなっているが、晶子はあまり木には近付かず、遠くから眺めているだけだった。
背中を何か鋭い物で一突き。即死だったらしい。
怨恨の線は薄いので学校に紛れ込んだ変質者による、行きずりの犯行と見なされている。犯人はいまだ見つからず、その手がかりさえない。
晶子は、どこかに変質者でも隠れているのではないかと恐くなって、辺りを見回した。
人の姿を認め、驚いて身体を硬くする。しかし現れたのは、晶子と同じ浦羽学園の制服を着た少女だった。
花束を抱えた少女が誰だか分かり、晶子は身体を緊張させる。
「授業に出ないでこんな所にいると、事件に巻き込まれるかもよ?」
近藤愛美。
転校生だが、舞の事件があった日からずっと学校を休んでいた。晶子は、愛美が鞄の中にナイフを潜ませていたことを知っている。気分が悪いからと言って保険室に立った愛美を追って行ったまま、保険委員の舞は二度と戻って来なかった。
二時間目が始まる直前、変わり果てた姿になった舞が教員によって発見され、その後はもう滅茶苦茶だった。
警察の現場検証や、マスコミなどが押し寄せて、生徒は全員集団下校をさせられ、次の日は休校になった。
「舞を殺した犯人はあなたね。ナイフなんか持ってたし、あの後姿を消したもの」
晶子がそう言うと、愛美はごく自然に「そうよ、私が殺したの」と言った。晶子の顔が引き攣る。
晶子は転校生の癖に、調子に乗っているこの少女が嫌いだった。だから、他のクラスメイト達には分からないように陰でいじめたり、ことあるごとに槍玉に上げたりした。
何が一番気に入らないかと言うと、自分が思いを寄せている宮本裕次が、愛美のことを心憎からず思っているらしいことだった。