第四章 Over the Horizon 36
自分の身に起こった出来事も何もかも、どうでもよくなってしまった。
ただ単に、思考能力が麻痺してしまっただけなのかも知れない。
「頭を上げて下さい。もう全て終わったことだから。もう元には戻れないもの」
愛美がそう言うと、ずっと黙って橙次に話を任せていた初音が口を開いた。
「一度壊れたものは元には戻らないけれど、新しく積み上げることはできるわ。償いにはならないけれど、辛い思いを沢山したあなたが幸せになれるように、お手伝いをさせて欲しいの」
愛美は橙次に視線を移して、どう言うことか尋いた。
「そなたと同行していた少年から、そなたが家族を失ってからの事の顛末を聞いた。そなたが家も居場所も失ったと知り、そなたさえよければ、養女として引き取りたいと思ったのだ」
「私は子供を生めない身体なの。だから、そんなことならうちに下さいって、橙次様に頼み込んだの。下さいなんて、物みたいで愛美ちゃんに失礼だわね。あなたさえよければ、私達の子供になってくれないかしら?」
橙次の言葉を引き取って、初音が続けて言う。
初音の愛美を見る目は優しく、死んだ母親を思い出させた。母親には、ここ何年も抱き締めてもらったことはないが、初音の抱擁は愛美に懐かしさと甘酸っぱい気持ちを抱かせるには十分だった。
「私は夜久野真名じゃない・・・あなた達とは関係ないわ。それより、どうして東大寺さんは、私を置いて一人で帰っちゃったんですか?」
橙次は愛美の直視に耐えられなくなったのか、目を伏せた。
「彼は、仕事が終わったのでパートナーは解消だと。綾瀬が気紛れに拾ったそなたは別に仲間でも何でもないから、養女にでも何でもするがいいと言って、自分は約束の時間を待たずに帰ると言っていた」
愛美は、頭を殴りつけられたかのようなショックだった。
(あれほど優しくしてくれたのに)
愛美の仕打ちに東大寺は怒っているのだろうか、それとも元々愛美のことを、そう言う目で見ていたのだろうか。
東大寺に仲間でも何でもないと言われてしまっては、愛美はどうしていいのか分からなくなった。
(自分は、どこに行けばいいのだろう?)
途方に暮れている愛美に、初音が優しく笑いかけた。
「今すぐ、養女の話は決めなくてもいいわ。愛美ちゃんの人生が、掛かってるんですもの。ゆっくり考えていいのよ。何にしろ、今日はここで泊まって行って。一緒に少し暮らしてみれば、お互いのことがよく分かるでしょう?」




