第四章 Over the Horizon 30
『おかしいでしょ。あの子には、呪われた夜久野の力など受け継いで欲しくないと思いつつも、私の孫に相応しい力を身につけて欲しいとも思うの』
真央がきびすを返した。
祖母の顔。深い皴の刻まれた顔に、愛美は自分の面立ちに似たところがないかを探した。しかし、必死で見ようとすればするほど、女の顔はぼんやりと曖昧になるのだった。
『子供を思うのは、いつの世の親も同じ』
帚木はそう言って、木々の間を透かすようにして見た。愛美もその視線を追う。
裸木の間に、しゃがみこんでいる小さな背中がある。
(あれが私。幼い頃の夜久野真名なの?)
『真名様、お屋敷に戻りますぞ』
帚木に呼ばれ、幼女は立ち上がると元気良く返事をして駆けてくる。
その顔は幼い頃の・・・
(私・・・じゃない!)
瞬間、再び強い風が巻き起こり、愛美は目を閉じた。次に目を開けると、そこには誰もいなかった。
(どう言うこと? あれは確かに、私の顔じゃなかった)
愛美がふと足元を見ると、桜の花弁が落ちていた。
これもまた幻なのだろうか?
愛美が花弁に手を伸ばすと、風が吹いて花弁を舞い上げた。花弁はおいでおいでをするように、愛美の前で漂っている。
「ついて行けばいいのね?」
愛美の言葉を理解しているかのように、花弁は風に乗ってゆっくり飛んでいき、愛美はそれを追って歩き始めた。
結構な距離を歩いた筈だが、桜の並木は途切れることなく続いている。
ふと桜の花弁から目を離すと、目の前に大きな桜の木の幹が見えた。大人の腕で、二抱えはあるだろう。花弁が目指しているのはその巨木らしい。
近付いてみると、木の根元で人がしゃがんでいる。
(また幻なのだろうか?)
近付いて行った愛美の足音に、女は顔を上げた。女は一瞬驚き、そして途惑ったような顔になった。
いつの間にか、愛美を先導していた花弁は消えていた。
女は五十を過ぎているようだ。近付いて来る愛美を、女は立ち上がりながら訝しげに不安そうな顔で見ている。
「何をしていらっしゃるんですか?」
「亡くなった知り合いのお嬢さんの、月命日なんですの」
女はそう言いながら、桜の大木の根元に置いてある花束を指差した。
夜久野に関わりのある人間なのだろうか。夜久野の縁者の多くは、那鬼達によって殺されてしまったと聞くが。
「ここで殺されたんですか?」
女は頷きかけて、ハッと口を噤むと食い入るように愛美を見つめた。誰が殺されたのかは言わなかった。死んだのは誰だったのだろう。




