第四章 Over the Horizon 29
『いいえ、話が早いわ。夜久野が滅ぶのは天命と受け入れられるものの、あの子を道連れにはしたくありません。この前そなた、遠縁の者に面白い子供がいると言いましたね?』
後ろを向いているので、愛美には二人の背中しか見えない。真央の口調が変わったのに、帚木は真央を伺うようなためらいを見せた。
『何をお考えですか、真央様?』
帚木が硬い口調なのに対して、真央は笑うような口振りで答えた。
『分かっている癖に。その子供は真名と同じ年だそうですね?』
『まさか、そんなことを・・・』
真央は静かに言った。
『私は最低な女です。真名を守る為なら何だってやりましょう』
これは十年前。
(祖母は私を守る為に、近藤愛美を身代わりに仕立て上げたのだ)
『夜久野も上月も、陰陽師の血に縛られている。あれの母は、血の呪縛を振り切って夜久野も幼い娘も捨てて、出て行って既にもう亡い。それを責めている訳ではないのです。出て行けただけ、本望でしょう。孫は、幸か不幸か、陰陽師としての力を持っていない。夜久野への呪いを受け継いでいないあの子を、道連れにしたくないのは分かるでしょう?』
(私は、母親に捨てられたのか)
しかし、不思議と悲しくはなかった。自分をこれほど愛してくれる祖母さえいれば、それでいい。
『真央様も、夜久野を捨てようとしましたね。半世紀も前のあの時、連れ戻されさえしなければ、厳照殿と一緒に新しい人生が始められたでしょうに。連れ戻した本人が言うのも何ですが、厳照殿を愛しておられたのでしょう?』
厳照と言うのは、井上厳照のことだろう。祖母にも当然若い頃があったのだ。
二人の間にどんなロマンスがあったのか、それはもう誰にも分からないことだ。
真央は少し、寂しげな表情をした。
『愛していた訳ではありません。ただ、親の決めた婚約者と結婚して夜久野の血に縛り付けられないものなら、何でもしようとしただけ。結局は土壇場になって、厳照殿から逃げ出した。私は陰陽師として生きるしかないと、分かってしまったから』
沈痛な面持ちで、帚木は頭を下げる。
『全ては真央様の御意のままに』
『迷惑ついでに頼まれてくれないかしら。〈明星〉を厳照殿に預けて欲しいの。何も言わなくていいわ。夜久野が滅んだと聞けば、あの人は何もかも分かってくれるでしょう』
『真名様の力が目覚めることに、期待されているのですね?』




