第四章 Over the Horizon 28
加茂町の駅からバスで移動、加茂神社を道標に、東の後山の方に向かう。
どこもかしこも山ばかり・・・。
観光に来た訳ではないが、これでは訓練だった。修行場も兼ねているので、住居と言っても人里に近いと言った利便性は考慮されていないのだ。
(そうは言っても・・・)
愛美は斜面に延びた階段を見上げて、溜め息を吐く。朝からの京都と奈良の往復と山登りをして疲労した身体には、これはまた堪える。
しかし愛美は、溜め息を振り払うようにして、階段の一段目に足を乗せた。石組の階段の隙間から、枯れた雑草が覗いている。
愛美は足元だけを見つめて、階段を上がりきった。顔を上げた瞬間吹いた強い風に、愛美は思わず目を細めた。
辺りは一面の桜吹雪・・・どこまでも続く桜並木と薄紅色の絨毯。
愛美はハッとして目を開けたが、そこには冬枯れの裸木が並んでいるだけだった。
デジャビュではない、愛美はここに来たことがある。愛美は小走りになりながら、辺りを見回した。
(知っている。私はここを知っている)
愛美は、記憶が甦りそうな予感がした。木々の間をゆっくり駆けて行く愛美は、突然驚いたように足を止めた。
(人がいる!)
目立たないグレイのコートを羽織った二十代半ばぐらいの男と、白い着物をまとった老女。男は老女に向かって優雅な仕草で礼を送ると、その場を離れた。
男は愛美の方に向かって歩いてくる。隠れた方がいいのか無視すればいいのか迷っている内に、男は愛美のすぐ側まできた。愛美は驚いて息を止めた。
(那鬼!?)
男は那鬼よりも若かったが、切れ長の目が那鬼によく似ていた。しかし那鬼似ていた。けれど、那鬼ほど酷薄そうな表情ではない。
男は愛美の側を通り過ぎたにも関わらず、愛美に気付かなかった。愛美が見えていないかのような素振りだ。
愛美は男を振り返る。男は階段を降りて行って見えなくなった。その背中に誰かの姿が重なる。那鬼では、ない。
那鬼ではなく彼の兄の方、桐生亨・・・綾瀬!?
愛美は、震える足取りで老女に近付いて行った。
もしかしたら・・・。
愛美のすぐ側の木陰から、年のいった男が現れた。女と同じ白装束を身につけている。男は愛美に気付かず女の元に駆け寄った。
『あの方の話を聞いていたわね、帚木?』
帚木と呼ばれた男は頭を低く下げた。
『申し訳ありませぬ。真央様』
夜久野真央。
(お祖母ちゃん。私が見ているのは夢か幻か、それとも誰かの記憶なのだろうか?)