第四章 Over the Horizon 26
東大寺は、ぼんやりと昨晩のことを思い返しながら、自分で淹れた茶を飲んでいた。
空腹に熱い茶が気持ちよく染み通っていく感じだが、東大寺の気分をぶち壊すかのように腹の虫が騒いだ。
「兄ちゃんは、腹減ったわーっ。遅くなったけど、ただいま・・・な」
東大寺は立ち上がるとそう呟いて、大きく伸びをした。久しぶりの大阪の町を堪能する為に、いそいそと着替え始めた。
「お客はん。お会いしたい言う方が、見えてはりますけど」
仲居が襖の向こうから声を掛けるのに、東大寺はセーターに袖を通しながら部屋に来てもらってと答えた。
部屋の外で何か話し声がしたかと思ったら、次の瞬間には襖が開かれていた。自分に会いにくる人間なんているのだろうかと、訝る隙もなかった。
「あんた・・・」
老人は、昨夜と同じ白装束を身につけていた。もう三人、同じような衣装に身を包んだ男達を引き連れている。
「愛美ちゃんは出かけてしもうたで。俺と落ち合う六時までの足取りは知らんから、俺に愛美ちゃんの居場所を聞いても無駄や」
上月橙次。
眼光炯炯とした老人は低いながらよく響く声で、東大寺に話があるのだと言った。
「話があるぐらいで、仰々しいなぁ。威圧する気満々やん?」
東大寺はにやりと笑う。
「この程度で、威圧される御仁とは思えぬが?」
「ま、取り巻きゾロゾロ連れて来んのは、お偉いさんのお約束みたいんもんか」
「余計なことをしないよう、見張られているのは儂の方だろうな。少し前にも街中で、躾の悪い若者数人を叩きのめした為に、うるさく叱られたばかりだ」
橙次は笑いもせずに言う。冗談でもなく、少々困りものだと思っているのか、三人の中で一番若い二十歳代の男だけは、目だけで天を仰いだ。
(それこそ強迫的やろうが)
しかし糞真面目そうな老人には、行儀の悪い若者をこっぴどく叱り付ける姿がよく似合いそうだ。
東大寺は、黙って着替えを出したスポーツバッグのファスナーを閉めて、肩に担ぎ上げた。
「俺、朝飯これからやねん。外に食いに行くのに、付き合うてくれるんやったら、話はそこで聞くわ」
*
小春日和と言うのだろうか。
高く澄んだ青空の下、冬の到来が近いにも関わらず天気は上々だった。愛美は腰に巻き付けたトレーナーを結び直し、スポーツバッグを右から左の肩に持ち替えた。
メモを片手に山道を抜ける。