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第四章 Over the Horizon 24

 愛美まなみはじっと、その男を見つめた。

 上月こうづき橙次とうじ。現在の上月家の当主。

 少女は暫く橙次の顔を値踏みするように見ていたが、片割れの少年が急かすように顎をしゃくって塀の向こうへ身を翻した。

夜久野真名やくのまな

 少女もそれだけ言うと、きびすを返して塀から飛び降りた。

 群雲が再び、月の光を遮った。また元の、沈黙を宿した闇が辺りに満ちる。

「お話がございます、橙次様」

 背後に来ていたあきらに、橙次は振り返って頷いた。

「終わってから、部屋に来てくれる? この前みたいに、一緒の布団で寝てくれる?」

 むらさきは、祖父に女々しいことを言うなと怒られるのを覚悟で晃にそう聞いた。祖父は思いのほか何も言わず、晃は曖昧に首を振っただけだった。

 紫は不意に、自分が裸足であることに気付き、モジモジと足踏みした。祖父は咲也さくやについて来るように促すと、紫を抱き上げた。

 突然のことに狼狽する紫には構わず、祖父は離れの濡れ縁まで紫を抱いたまま運ぶと縁側に座らせた。

「座敷に上がる前に、自分の足と犬の足を拭くのを忘れるな」

 橙次は晃を連れて、母家の方に足早に消えた。

 紫と咲也の前には、人気のない夜の庭が広がるばかりだ。


「どんな処罰も覚悟しています」

 座布団の上で正座した晃は、話の結びにそう付け加えて深々と頭を下げた。橙次に全てを吐露した晃は、恐れを知らない幼い頃のような晴れやかな表情をしていた。

 橙次は黙って、湯飲みの茶を啜っている。

「処罰を与えるような器量は儂にはない。お前の思うように償え」

 断罪してくれる方がどれほど楽か分からない。橙次の厳しい言葉を恨むより、償いと言う言葉の重さに晃は愕然とする思いだった。

 長い長い沈黙の後、晃が立ち上がった。

「紫と咲也の元に行くのか? あれらは儂よりも、そなたを好いておる。長居して、構ってやってくれ」

 晃は静かに首を振った。

「一つだけやり残したことがあって、それだけが気掛かりなんです」

 晃は深く礼をして、障子を開けて座敷を出た。

「戻って来い」

 橙次の言葉に晃は返事を返さず、障子を閉めた。

 その時には、一つの決心がついていた。

 縁側に揃えておいた靴を履いて、晃は橙次に言ったように離れには向かわずに、通用門から上月こうづき家を後にした。

 門柱に取りつけられた常夜灯の光を避けるようにして、誰かが立っている。晃は何気なくその男を見て、言葉を失った。

 晃の顔には、恐怖ではなく喜びが浮かんでいる。

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