第四章 Over the Horizon 22
剛はそれでも愛美の後をくっついて回ってきて、八つ当たりをされると子供とは思えないような持て余したような瞳で、愛美のことをじっと見つめるのだった。
咲也は愛美の答えを待っている。愛美の頬を涙が伝った。
(お父さん。お母さん。剛。優子。中岡。ゆかりちゃん。右近や左近)
大和や瑞穂の顔まで、愛美の脳裏に浮かんで消えた。
愛美はそっと頷く。
「可愛そうだよこの人、悪い人じゃないよ。僕、お兄ちゃんがいなくなったらやだもん。晃おじちゃんに、命姉ちゃん、祖父ちゃんがいなくなったらやだもん」
咲也は大きな目から涙を溢れさせ、しゃくりあげ始めた。紫がオロオロと咲也に駆け寄って、背中を撫でてやる。先程までの大人びた態度は、すっかり影を潜めてしまっている。
「お前が泣くなよ」
そう言う紫も、泣きそうだ。
愛美は泣き笑いのような表情をして、鳴咽のような笑い声のようなものを洩らした。涙をシャツの袖で拭うと、愛美はその場に腰を下ろした。
紫は一瞬逃げるような素振りをしたが、踏みとどまって咲也の肩を守るように抱いた。愛美はポケットからハンカチを出し、鼻水と涙で汚れた咲也の顔を拭ってやった。
「汚いなーっ。男の子がそんなに簡単に泣かないのよ。お祖父ちゃんに怒られるんでしょう?」
咲也はうんと頷いて、それでもまだ鼻を啜り上げていた。愛美は、いつの間にか足元にきていた子犬に手を差し出した。
小肥りな身体についた短い尻尾を、懸命に振っている。
「いい子ね、石蕗丸」
首から背中まで包み込むように撫でてやると、犬は愛美の手にじゃれついた。
紫が緊張を解くのが分かる。愛美は舐めたり噛みついたりしている子犬に右手を差し出したまま、もう片方の手で紫の頭を撫でた。
「いいお兄ちゃんだよ。格好よかった」
紫は照れ臭そうに、もじもじとしている。もっと遊んでと言うように愛美の手を前足で掻く子犬の顎を指先でひと撫でして、愛美は腰を伸ばした。
木儡人形のように突っ立っている那鬼を、睨むのではなく見つめた。
「私にはあなたを許すことはできないけど、忘れる努力はするわ。だから、二度と私の前に姿を現さないと誓って」
晃はごく自然に、誓うと答えていた。
「二度と私の命が狙われることはないと、信じてもいいのかしら?」
晃は自嘲の笑みを、口の端に苦く刻む。




