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第四章 Over the Horizon 21

「兄ちゃ・・兄様」

 駆け寄ろうとした咲也さくやの動きを、むらさきは視線一つで止めた。

「咲也は下がっておれ」

 愛美まなみは顔を俯けた。

 怒りと憎しみ。出口のない、持って行き場のない悲しみで、胸を掻き毟りたいぐらいだ。

(十年前、私の身代わりに近藤愛美が死に、私はそれまでの記憶と引換に新しい生活と家族を手に入れた)

 十年たって愛美は、それまでの生活と自分を否定され、家族と友人を奪われ、代わりに手に入れたのは断片的な夜久野真名やくのまなの記憶と陰陽師としての力。

 あまりにも大きすぎる代償を払ってまで、手にしたいものでは決してない。

「どうして・・・。私は家族も友達も住む家さえなくしたのに、何であなた達は何も知らずに幸せに暮らしているのよ。私の人生を踏みにじったあなたが憎い。私の生活を返して!」

 決して叶わない望みだが、愛美は願わないでいられなかった。何も知らずにいられたあの頃に帰りたいと。

「陰陽師の力が弱まり、世間では闇が横行しているそうだ。邪鬼や物の怪に襲われる者も、絶えぬらしい。貴女が辛い目に合われたのは、闇を押さえられぬ我ら陰陽師の不徳と致すところ。しかし、我らを恨むのは筋違いと言うもの。我らとて神ではない。守れる人間の数にも限度がある。我らも命を賭しているのだ。分かって欲しい」

 あきらは、滔々と語る紫を不思議なものでも見るように見つめている。まるで当主の橙次とうじのような口の聞き方だ。紫に、橙次が乗り移っているようだった。

 咲也は、兄の言葉は難しくて分からなかったが、愛美が肩を震わせて何かをこらえている様子に、思わず愛美に近付いて腕を伸ばしていた。

「お姉ちゃんも、お母さんがいないの? 僕もね、母様がいないの。お父さんは、お仕事で東京に行ったままで滅多に会えないの。でもね、僕にはお兄ちゃんがいるからいいの。お姉ちゃんは一人ぼっちなの?」

 咲也は愛美を見上げて、太股の辺りに手の平を当てている。無邪気で、少し悲しげな瞳だった。

 幼い頃から病弱なつよしにかかりっきりで、母親は愛美のことはいつも後回しにした。気に掛けてくれてはいるのだろうが、母親にまとわりついて邪険に振り払われる度、自分はもらわれっ子ではないかと、幼い胸を疑惑で膨らませたこともあった。

 その鬱憤を晴らす相手に選ばれたのは、勿論母親を一人占めにしている剛で、オモチャを隠したりわざと置いてけぼりにしたりした。

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