第四章 Over the Horizon 20
「あのね、石蕗丸はね、命姉ちゃんから三日間だけの約束で貸してもらったの」
咲也が舌足らずな口調でそう言うのに、晃は全然別の場所を見ている。
「また転けたのか。泣いたんだろう?」
咲也が恥ずかしそうに、絆創膏の貼られた膝を手で隠した。
「泣いてないよな」
紫がそう助け舟を出すが、晃に泣いただろう?ともう一度問われると咲也は素直に頷いた。
「でも、すぐ泣きやんだもんな」
紫の言葉に咲也は力強く頷くと、照れ臭そうに偉い?と晃に聞いてきた。晃は、多目に見てやろうかという素振りで頷いた。
「どうやって手懐けた訳?」
大理石のような冷たい声に、晃は自分の置かれている状況を思い出した。
「あなたが殺した近藤愛美も、その子と同じ六才で死んだのよ。上月の為なら、何でもするのね。夜久野の一族が呪われた一族なら、あなた達も同じ穴の狢でしょ。なんなら、同じ目に合わせてあげましょうか」
愛美の表情は静かで、口調も落ち着いている分だけ、晃は足元に冷たい波がヒタヒタと押し寄せてくるような恐怖を覚えた。
「やめろ。こいつらには何も関係ない」
そう言った瞬間、晃は愛美から強いプレッシャーを感じて咲也を抱いたまま一歩あとじさった。印も結ばず呪言も唱えない愛美の呪法は、大抵の術者には厄介な相手だろう。
闇を呼ぶ力のあった、大和に近いものがある。子犬も本能的な恐怖を感じるのか、激しく吠え立てた。
「関係ないですって。関係あるに決まってるじゃない。誰の犠牲のお陰で、今の自分達の安息があると思ってるの?」
「場所を変えてくれ。殺すのは俺一人で十分だろう」
淡々とした表情になると、晃は咲也を地面に下ろした。
二人の男の子達は、何も理解できていないようだったが、その場の空気の異常さだけは感じるらしい。不安げに晃の足にしがみついている。
「人質にするの、面白そうね」
紫が、突然動いたかと思うと晃の前で両手を広げて、愛美から庇うようにした。
「紫。お前、何を・・・?」
困惑と途惑いを隠せないらしい晃に、紫は無言でしっかりと頷いて見せた。
「貴様。我らを上月と知っての狼藉か。我が眷族に仇なす者は、この上月家の次期当主、上月紫がお相手いたす」
紫は時代がかった難しい言い回しを、舌も噛まずに言ってのけた。右手を前に突き出すようにして、呪法を行う為の構えをとった。