第四章 Over the Horizon 16
「まっ、それに近いかも知れんな」
暫く道に沿って走ると、物々しい土壁が見えてくる。道幅が広くなったので東大寺は愛美を促して車を降り、運転手にはUターンして私道の外で待つよう言い聞かせていた。
苔の生えた瓦の載った土壁は、2m近い。壁の内には遠く点々と、屋根瓦や物見塔を思わせる建物が見える。
「ほんま、お寺さんとか・・・」
「砦化、城化する前の荘園とかのイメージですかね」
見張られていたり、車の走行音で気付かれている可能はあるが、見える範囲に人の姿はない。
冬の夕方近い曇り空の下、深閑とした屋敷には、生気が感じられなかった。
それでも気圧されるものがあり、愛美と東大寺は様子を窺う為に静かに動き出した。
*
「待ってよーっ、兄ちゃん」
男の子は、愚図りながら必死で兄の後を追って走って行く。兄の方は弟には構わずに、コロコロと太った子犬を追いかけ回して庭中を走っている。
屋敷の広い庭は、下手な空き地よりもずっと大きかった。
喬木に灌木、雑多な木が植わり、石や築山のあるその場所は、子供には持ってこいの遊び場に見える。
子犬は構ってもらえることが嬉しくてないらしく、立ち止まってあっちの木、こっちの茂みと言った具合に嗅ぎ回りながら少年の腕をすり抜けていく。
弟の方が何かに躓いて、派手に転んだ。一瞬の間を置いて、悲痛な泣き声が響き渡った。
兄がすぐさま弟に駆け寄ると、抱き起こして顎や服に着いた土を払ってやる。
しゃくりあげるようにして泣いている弟の顔を、ズボンのポケットから取り出したハンカチで拭いてやりながら男の子は慰めの言葉を掛けた。
「咲也、男の子だから我慢しな。祖父ちゃんが聞いたら怒るよ」
咲也と呼ばれた男の子に、その言葉は効果があったようだ。必死で泣きやもうと鳴咽を洩らしている。
もう遊ばないのと言いたげに、子犬は二人の側に寄ってくると、しゃくりあげている咲也をきょとんとした顔で見上げた。血のにじんだ膝小僧を、ペロリと舐める。
「ほら、痛いの痛いの飛んでいけーって」
男の子がそう言うと、子犬はしっぽを振ってキャンと吠えた。
咲也の涙の跡の残る頬に、笑顔が浮かぶ。子犬を抱き上げて、胸に抱いた。
子犬は、まだ遊び足りないと言いたげに暴れて鳴いたが、咲也は離さなかった。
「やった。捕まえた。逃げたら駄目だろっ」
兄も笑顔になって、偉いぞ咲也と言って弟の頭を撫でている。