第四章 Over the Horizon 15
「おっちゃん。そのケータイ貸してな」
年配の運転手は、ぼんやりした顔になったが、素直に渡してくる。愛美は拍子抜けした。
「それだけなんですか。前はもう少し、催眠術らしくなかったですか?」
「あれは掛けるんやなく、解くんが目的やし、面倒い時は小物を使ってイメージを高めた方がうまくいくねん」
貸させることには成功するが、納得までさせていないので、他人が使用していると不安定になる恐れがあるとか。
運転中に支障が出ないよう、車は停めさせたのだ。愛美は身に着けていた電話番号のメモを見て、電話を掛ける。
待ち受けは孫らしい女の子の、七五三の着物写真だった。
暇なのか、メモの行方に思い当たったのか、東大寺は荷物入れを開けさせて、外に出てゴソゴソやっていた。見つかるとは限らないので、愛美は愛美で聞いておく。
数回の呼び出し音の後、綾瀬本人が出た。訳を話して綾瀬に、現在位置から目印になる施設と距離を聞いてメモした。
「〈明星〉取り戻せました」
愛美の報告に、綾瀬はそうかと短く応じた。愛美が暫くためらっていると、二人の間に沈黙が流れる。
「もし、弟が死んだら悲しいですか?」
愛美は心の中で、弟を殺されたらと言い換えた。綾瀬は、まるで答えを用意していたかのように淀みなく答える。
「さあ、死んでみないと分からないな。元々あれは妾の子供で、腹違いだし」
綾瀬の言葉にはどうでもいいと言ったような、投げやりな感じがある。
「めかけって・・・」
愛美の戸惑いに気付いて、綾瀬が笑う。
「色々と時代掛かっているんだ。あそこは」
愛美は礼を言って、通話を切った。すると。
「あったで、地図。失くしたらあかんと思って、バッグに入れたん忘れてたわ」
東大寺が紙きれを持って、満面の笑顔で道路に立っていた。愛美は一瞬脱力しそうになったが、気を取り直して、行きましょうと言う。
施設を過ぎてから、徐行運転で右側に注意して道を探した。
京都で長年ドライバーをしている運転手は、そんな道があったかと半信半疑だ。
が、道は見つかった。
木立の遠近感で抜けられる道などなさそうに見えるが、正面の木立を急カーブで曲がると狭いが石畳敷きの道が現れた。運転手も驚き、興奮した。
「へぇ。知らんかったですわ。こんな道があるやなんて。でも死んだ祖母が言うのを、聞いたことがあります。京都には仰山お寺さんや神社がありますけど、山の中には忘れられたお寺さんへの道があるとか」




