第四章 Over the Horizon 12
まだ右近と左近に出会って間もない頃。二匹の区別がつかずに、巴があげたと言うクラディスのバンダナの真似をして、二匹にお揃いのバンダナを買ったのだ。
愛美が綾瀬から貰ったお金で、新しい傘を買う代わりに買ったにも関わらず、彼らにはいたく不評だった。一度も使われないまま、バンダナはどこかに紛れてしまったと思っていたのだが・・・。
同じ色なら結局区別はつかなかっただろうと今では思うが、お店で見つけて思わず二匹の姿を思い浮かべてしまったのだ。
愛美の頬を、涙が転がり落ちた。
『泣クナミットモナイ』
『可愛イ顔ガ台無シジャ』
愛美の脳裏に、二匹の声が響く。愛美は辺りを見回して、二匹の姿を捜さなかった。
二度と会えないことを確かめるよりも、心の中に二匹の姿を焼きつける方が今の愛美には大切なことだった。
「もう泣かないよ。ありがとう」
心配して肩を抱いていてくれた東大寺を振り返って、愛美は二匹の山犬神に向けてそう言った。
「那鬼の後を追うんやったら、あいつの最後に行くところは決まってる。上月家、敵の本拠地や。次は俺も格好いいとこ見せたるで」
愛美は期待していると、微笑んで言った。
☆ ☆ ☆
『お初にお目にかかります。桐生家から参りました桐生亨にございまする』
亨は少し緊張しつつも、礼儀正しく深く辞儀をした。
『初めてではありませんよ。と言っても、貴方は覚えていないのでしょうね。貴方があの子よりも小さい頃に、前桐生家の当主殿に連れられて家に見えたことがありました。若い方が、古めかしい言葉で話すのは典雅なものですね』
女は六十を過ぎているにも関わらず、艶やかな笑みを見せた。若い頃は、さぞかし器量よしで通っていたことだろう。
亨は、女が視線で追った幼い少女の遠くに見える後ろ姿に、視線を転じた。
『夜久野と上月は今ではすっかり疎遠になってしまって、上月縁の方が見えることもめっきりなくなりました。よければ、年寄りの話し相手になってくれると有り難いんだけど』
女は細い身体を、白装束に包んでいる。
上月家の当主のような、他人を圧倒するような力強い威圧感はないが、そこはかとなく侵しがたい威厳が漂っている。流石は夜久野家を統べる人間だけあった。