第四章 Over the Horizon 6
東京に本社を置く上月商事の、社長の右腕とも呼ばれる男。29才で独身。上月家を厚く信奉する忠実な下僕。夜久野家を滅ぼした張本人。
愛美が、巴と綾瀬から入手した那鬼の情報を総合した全体像は、こうして本人を目前にすると曖昧で何の意味も持たなくなる。
「相応しい場所って、〈明星〉は夜久野家の家宝よ。例え、私が夜久野の末裔に相応しくなくとも〈明星〉は、私が持つべきものだわ。上月になんか渡さない」
「口だけは、一人前のようだな。夜久野は十年前に滅んだ。〈明星〉は、転々と人の手を経て、運命の巡り合わせか上月に戻ってくる。俺の筋書きには、お前と言う人間はいないんだ」
那鬼の笑顔は人を不快にする。他人を踏みにじって、のし上がっていくタイプの人間だった。自分勝手で、思いやりの破片もない。自分が正義だと信じて疑わない、思い上がりも甚だしい。
「あなたは、私の人生を滅茶苦茶にしたわ。私の人生に、あなたと言う人間は必要ないのよ」
愛美の胸に、那鬼に対する憎しみと怒りがふつふつと沸き上がってくる。
「夜久野真名は、夜久野家の落ちこぼれよ。当主の孫にも関わらず、陰陽師としての器量を持ち合わせていなかった。よりにもよって、そんな人間を生かす為に、遠縁の夜久野には関係のない自分の孫と同じ年の娘を身代わりに選ぶなんてな」
那鬼の視線は、愛美を突き刺しそうなほど鋭い。愛美はその瞬間、全てを悟った。
「あなたが、近藤愛美を殺したのね」
「夜久野真名を、殺したつもりだったんだがな」
愛美は、シャツのポケットから形代を数枚取り出した。
「無理だ。やめておけ。お前は陰陽界の落ちこぼれに過ぎん」
風もないのに、公園の木々の梢が枝を騒がす。
愛美は形代に呪字を書いて宙空に放り投げた。五羽の烏となった式神に、愛美は低く命令した。
荒々しい羽音を立てて、式神達が那鬼に襲いかかる。
「殺された近藤愛美とその家族。クラスメイト、私の一族。そしてあなたに利用されていた神坂大和と瑞穂兄妹の恨み、篤と味わいなさい」
腕で顔を庇うようにして烏達の襲撃を防いでいた那鬼が、小さく舌打ちして呪言を唱えた。その途端、式神達はあっと言う間に火に包まれ、燃え尽きて黒くなった形代だけが地面に舞い落ちた。
「恨みねぇ。他の奴らはどうか知らないが、瑞穂は俺を憎んではいなかった筈だ」