第四章 Over the Horizon 5
「誰かと思えば、死に損ないか。せっかく助けてやったのに、わざわざ死にに来るとは・・・。手間が省けてありがたい」
結界内に外から入ることは可能だが、中の人間が出るには呪者が結界を解くか、死ぬかしない限り不可能だ。綾瀬の能書きによると、そうなる。
那鬼は逃げることなど、少しも考えていないようだ。
愛美と那鬼との力量の差が、男の揺るぎない自信を形作っている。
「あれだけ大怪我をしたのに、まだ俺と戦う骨があることは誉めてやる」
「つまらん奴ほど、よう喋る。無駄話はやめて、返すもん返してもらおか?」
東大寺が凄むと、なかなかの迫力だった。関西弁は乱暴な響きがあると、関東育ちの愛美などは思うのだが、今の東大寺の口調は、その筋の人なんかが借金の取立てでもしているようだった。
「兄が拾った寄せ集めの手下の一人か」
そう言えば、東大寺は綾瀬と那鬼が兄弟だと言うことを知っているのだろうか。
東大寺のことだから、大和と瑞穂の兄妹を破滅に導いた那鬼だけでなく、綾瀬への憎しみも募らせるのではないか。
「流石は、あのアホ親父の弟だけあるわ。言うことまで似ててむかつくやんけ。誰が手下やねん。寄せ集めとか言うな、ボケっ」
愛美の心配は、杞憂に終わった。綾瀬と那鬼が兄弟だと言うことを、東大寺は知っていたらしい。東大寺は那鬼の言葉に腹を立てているだけで、綾瀬と兄弟と言う事実には無頓着だ。
「邪魔だな」
那鬼が、聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声で呟いた。東大寺がえっ?と言う顔になる。
瞬間、那鬼が背広の隠しに手をやったかと思うと、鋭い針が東大寺目がけて放たれた。
「どこ狙ってんねん。当たっとらんぞ」
東大寺はそう言いながら、ハッと顔色を変えた。房飾りのついた針は、東大寺の足元の地面に突き刺さっている。
「そこで大人しくしていろ」
那鬼が余裕の笑みを浮かべ、東大寺は悔しげに地団駄を踏んだ。が、指一本動かすことはできなかったので、顔を歪めただけだ。
――〈明星〉ヲ、封ジタ結界ヲ解ケ
――ソチニハ〈明星〉ハ、相応シクナイ
右近と左近の声は聞こえるが、やはり姿は見えなかった。
東大寺の動きが封じられた今は、愛美は山犬神達だけが頼りだった。
「俺が使うのではない。〈明星〉に、本当に相応しい場所に返すだけだ」
上月家の眷族、西の桐生の現当主、桐生晃。