第四章 Over the Horizon 4
そうやって人々の群れを見ていると、愛美は自分が別世界に住む人間のような気分になった。 自動ドアのガラス戸の向こうに、背広姿の男が現れる。
那鬼・・・桐生晃だ。那鬼は、受付の案内嬢に何か言っているが、女は首を傾げたまま答えあぐねているようだ。
埒が明かないと思ったのか、那鬼は話を切り上げてドアへと向かった。明らかに疑いを隠せない顔をしているが、那鬼は時計に目を走らせて早足で人込みに消えた。
那鬼の後を追うのかと思った愛美だが、東大寺はこっちだと言って上月商事の建物の隣の路地へと入った。
ゴミ箱や、野良猫の横をすり抜けると目の前に塀が現れた。行き止まりだ。
愛美が足を止めると、東大寺が大人の背丈の倍以上ある塀に助走もなしで飛び乗った。愛美は間髪を置かず自分には無理だと思ったが、東大寺が差し出した手に迷わず掴まった。
東大寺は塀の上からこれまた軽々と飛び降りたが、愛美の場合では足首でも捻挫しそうな感じだ。
「高所恐怖症? 大丈夫やったら飛び降りて、抱き止めるから」
東大寺が腕を広げる。愛美は意を決して塀を蹴った。力強い腕に抱かれ、愛美はそっと地面に下ろされる。
「やっぱ、女の子って腰細いわーっ。抱き心地が全然違う」
東大寺の好感の持てる白い歯の光る笑顔に、愛美は場所柄も忘れて胸がときめくのを感じた。
愛美はすぐに自分のやるべきことを思い出すと、顔を引き締める。
塀の向こうは、いきなり公園だったのだ。錆びたブランコが、物悲しい音を立てて風に揺れている。
「結界張れるん?」
東大寺の問いに愛美は自信なげに頷くと、シャツのポケットから白い紙を取り出した。瑞穂が使っていたのと同じ形代で、綾瀬から貰ったのだ。
綾瀬に言われた通り息を吹きかけて、紙の真ん中に指文字で呪字を書く。それを四枚の紙に繰り返して、最後に呪言を唱えた。
「吽」
愛美の手から、形代が鳥のように飛び出した。多分これで大丈夫な筈だ。
東大寺が、愛美の腕を掴んで木陰に連れ込んだ。公園の入口の真正面にある喫茶店の前に、那鬼が現れたのだ。扉の把手に手をかけようとした那鬼を、東大寺が呼ぶ。
「桐生さん。こっちや、こっち」
不信感を露わにして、那鬼はそれでも公園の入口の鉄柵を跨いで入ってきた。疑惑を含んだ眼差しは、その瞬間苦々しいものへと変わる。
今越えたばかりの鉄柵の上に腕を差し出した那鬼は、慌てたように引っ込めた。